付き合って2年の記念日。健太が「ちゃんとしたところで食べよう」と言ってくれて、少し背伸びしたワンピースを着て出かけた。
まさか入口で、元カノに会うなんて思ってもみなかった。
「会員証、持ってないでしょ(笑)」
予約時間の5分前、エントランスは人でいっぱいだった。
受付の女性が「本日は満席で、一般のお客様は順にご案内いたします。会員様は会員証のご提示をお願いします」と案内している。
その列の先頭に、見覚えのある女性がいた。健太の元カノの綾香――写真で見た顔だ。さっきまで受付で「番号…今日は友だちと来てて…スマホの画面じゃダメ?」とやり取りしていたのを、私は聞いていた。
私たちに気づいた綾香は、ゆっくり近づいてきた。
「あれ、健太。その人、彼女? ここ会員制だよ? 会員証、持ってないでしょ(笑)。一般予約は何週間も待つけど」
友人らしき男女が横でニヤニヤしている。健太が私の手を軽く握る。
「受付で確認していいですよ」
私はそれだけ言って、健太とドアへ向かった。
「受付で確認していいですよ」とだけ返した
重いガラスドアを押すと、黒いジャケットの男性が一歩前に出た。支配人の松本さんだと、名札で分かった。
「健太様、お待ちしておりました」
私たちの目の前で、落ち着いた声のまま続く。
「本日のシェフズテーブルご招待プラン、確かに承っております。個室へご案内いたします」
声は私たちにははっきり届くけれど、大声ではない。後ろの人には「すぐご案内」「個室」という単語くらいが聞こえたはずだ。
松本さんが私にも会釈し、「お連れ様のお席も整っております」と言った。私は軽く会釈を返した。
「会員証のご提示をお願いします」
案内の前に、松本さんが振り返ってエントランス全体へ一言添えた。
「恐れ入ります。本日は満席のため、会員様ご本人と同伴2名様までのご案内でございます。会員証のご提示がない場合は、キャンセル待ちにお回ししております」
綾香の笑い声がぴたりと止まった。友人の一人が「同伴って二人までなんだ…」と小声でつぶやく。綾香は視線を泳がせ、「あ、そうなんだ」と口だけ動かした。
私は振り返らずに、健太と個室へ向かった。
個室でわかった“招待”と“予約”のこと
席に着くと、健太がナプキンを置きながら言った。
「驚いたよね。ここ、会員でも特別な招待枠でしか取れない席があって。去年、仕事で松本さんと知り合って、記念日ならって声をかけてもらったんだ」
「じゃあ、今日のは“予約”っていうより“招待”?」と私。
「招待の連絡をもらって、日程を相談して押さえてもらった。普通に電話しても取れないやつ」
そう言って照れくさそうに笑う。さっき入口で見せた顔とは違って、安心した表情だった。
そのあと運ばれてきた料理は、目にも美しいものが9品。シェフが一品ずつテーブルに来て、素材や火入れの話をしてくれる。いつの間にか、入口でのやり取りは頭から離れていた。
食後、出口で見えた顔
2時間ほどして会計を終えると、松本さんが出口まで見送ってくれた。
エントランスの脇で、綾香たちがスタッフに何か確認している。さっきの勢いはない。友人に「今日は無理っぽい」と肩をすくめているのが見えた。
私と目が合っても、何も言わない。表情は固く、友人の後ろに身を引いた。
外に出ると夜風がひんやりして、健太が上着を私の肩にそっとかけた。
「来年も着たいね」と私が言うと、健太は「また松本さんに相談してみる」と笑った。
さいごに
見栄を張って人を試す言葉は、その場の事実で愕然とします。入口で並ぶ気まずさ、経験がある人もいるかもしれませんね。もし同じ場面にいたら、あなたは何と言ってドアを開けますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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