浴衣のすそを気にしながら、夫と息子と三人で夕食会場の前に並んだ。ここは入れ替え制で、私たちは後半の時間帯。ふと前を見ると、さっきの回でちらっと見かけた親子が、同じ列にいた。
夫と目が合う。「やっぱり、前の時間にもいたよね」「うん、見た」
「子どもが食べてないの、通して!」
会場の入口で、その母親が係の人に食い気味に言った。「前の時間はバタバタしてて、うちの子ほとんど食べてないの。先に入れて」
係の若いスタッフは「申し訳ありません、順番にご案内しております」と繰り返すが、母親は列の途中に体をねじ込み、後ろの人を半歩下がらせた。
「子どもなんだから、優先でしょ?」
その一言で列が止まる。うしろで息子が「お腹すいた」と袖を引っぱった。係の人は両側から話しかけられて押され気味。ここで直接やり合ってもこじれるだけだと思い、私は係の人に任せる形で動くことにした。
「順番を教えてください」係にだけ伝えた
順番が進んで私の番になったとき、係の人に届く声で短く聞いた。「前の時間でもこちらの親子をお見かけしました。順番はこのままで大丈夫ですか?」
母親に向けて責めるのではなく、確認の相談として伝えた。係の人はほっとした顔で「確認いたします」と頭を下げ、入口の端に親子を誘導して部屋番号を尋ねた。
「お部屋番号をお願いします」
母親は渋い顔で番号を言う。「子どもが食べてないの」
係の人は無線で責任者を呼んだ。数分で、スーツ姿の男性が歩いてくる。胸元の名札には“支配人”。
「ご夕食は1泊につき1回、部屋番号で管理しています」
支配人は私たちにも軽く会釈し、親子の前で落ち着いた調子ではっきり伝えた。「お待たせしております。こちらのご夕食は一泊につきお一組様一回のご案内です。お部屋番号で人数と提供済みの履歴を確認しておりまして、こちらのお部屋は先ほどの時間帯で全員分ご案内済みです」
母親は眉を寄せる。「でも、うちの子は食べ損ねたの。ちょっとだけでいいから」
「お気持ちは分かります。ただ、食材の準備数の都合上、二度のご入場はお受けできません。もし追加でお食事をご希望でしたら、別料金の単品やお夜食のご用意がございます。」
支配人の声は落ち着いていて、説明は具体的だった。周りの顔つきが、納得した表情に変わっていくのが分かった。
「別料金って…」と言いよどみ、下がった
母親は口をとがらせる。「ケチじゃない? 子どもなのに」
支配人は感情を乗せず、事実を重ねた。「先ほどもお子さま分もご案内している履歴がございます。お腹が空いているようでしたら、おにぎりなどのご用意が可能です。料金はこちらです」
差し出された小さなメニュー表をちらりと見て、母親は言いよどむ。「…じゃあ、いいです」
子どもの手を引いて、列から外れていった。子どもは振り返っていたけれど、母親は前だけを見て早足だった。
係の人は私たちに向き直り、「お待たせしました。順番にご案内いたします」と頭を下げる。私は「お願いします」とだけ返し、息子の肩をぽんとたたいた。
「助かりました」と係の人
席に着くと、小鉢と温かい汁物が並んでいた。息子は唐揚げのコーナーに目を輝かせ、夫は「やっと落ち着いたな」と笑った。
途中で水を足しに来た係の人が、小声で言う。「先ほどは助かりました。お客様が順番のことを言ってくださったので、列を一度止めて『部屋番号を確認します』と言いやすかったんです」
私は首を振る。「いえ、私たちもお腹が空いてたので。支配人さんの説明が分かりやすかったですね」
「ありがとうございます。二度入場はできないので…代わりの夜食をご案内できてよかったです」
会場のトングは十分に用意され、列もほどよく流れる。周りの会話も普通に戻り、私はようやく旅先の夜に戻れた気がした。
食事の終わりに入口の方を見ると、先ほどの親子の姿はない。フロント側には夜食メニューの案内。支配人の説明がなかったら、今日の会場はもっと長く止まっていたかもしれない。
デザートのプリンまでしっかり味わって部屋へ戻ると、息子が「明日の朝ごはんは何かな」とうれしそう。私は「朝も順番守って行こうね」と笑い返した。
さいごに
現場の人がルールをはっきり伝えると、場は落ち着きます。列や順番でモヤッとしたら、まずは係の人に任せて、確認してもらうのが安心ですね。旅先で似た場面に出会ったこと、ありませんか。あなたなら、どんな声をかけますか。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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