夕飯の時、夫はネクタイをゆるめて私を見た。
「君と僕では釣り合わないよ」
言い返せなかった。最近は会食ばかりで、顧問先の話になると急に機嫌が良くなる。私が一緒に話せる話題は、ほとんど無かった。
「釣り合わないね」と笑った夜
その夜、夫はやけに上機嫌で、自慢話が止まらなかった。「新しい顧問先の会長、すごい人脈でさ。娘さんもすごいんだ。次は二人で詰めの相談をするんだよ」
「二人で?」と聞くと、「向こうは女性だから、個室で落ち着いて慎重に話さなきゃね」と当然のように言う。私は「ふうん」と相槌を打ちながら、冷めた味噌汁を口に運んだ。夫はその後も、娘さんの仕事ぶりや家柄の話を何度もした。あとで思えば、あれは自分の選択を正当化するためだったのだと思う。
翌週から、夫は土曜も外食が増えた。私が子どもを寝かしつけを終える頃、メッセージはひと言だけ。「遅くなる」。
「ただの仕事だよ?」の言い訳
二か月ほどして、洗濯機のポケットからレシートが出てきた。二名でコース、個室。私は「誰と?」と聞いた。夫はスマホをいじりながら「会長の娘さんと。次の契約の条件合わせ。仕事だよ」とだけ答えた。目は合わせない。
そのうち、家計でも私を下に見る言い方が増えた。「君の給料は小遣い程度みたいなもんだろ? こっちで全部面倒見てるんだから」。食費の支払いをこちらに押しつけ、子どもの靴が小さくなった話をしても、「ネットで安いの探せば?」で終わる。
「離婚しよう」そして相手の名
日曜の昼、夫はスーツで戻り、ソファに腰を下ろした。
「離婚しよう。君も分かってるでしょ。僕には別に大事な人がいる」
相手は、あの会長の娘だった。「向こうの家とも話は通ってる。もう話を進めたい。君とは穏便に済ませたい」
「私に言う前に?」と聞くと、夫は肩をすくめた。「先に決めないと困るんだよ。向こうには『離婚協議中』って伝えてある」
私は水をひと口飲み、メモ帳を開いた。「じゃあ、子の養育費と面会、決めよう。公正証書にしておいて」
夫は鼻で笑った。「そこまでしなくても、僕は約束は守るよ」
「あなたは忙しい。口約束は忘れるかもしれない。私は忘れないように紙にしておきたいだけ」
その日のうちに市の相談窓口で手順を聞き、平日に有給を取って公証役場へ。金額は、夫が自分で「これくらいなら余裕」と言った額にした。万一払わないときの手続きの文言も入れてもらい、夫はためらわず署名した。
3年後の連絡「減額と、やり直そう」
離婚から3年。子どもは小学生になり、私は部署異動で時間の融通がきくようになった。そんなある日、元夫からメッセージが届いた。
「久しぶり。話がある。会えないかな」
駅前の喫茶店で向き合うと、元夫は紙コップを両手で包んだまま言った。
「顧問先がやらかしてね。報道が出た。うちの事務所、まとめて切られた。会長も矛先を外に向けて、結局俺の婚約の話も白紙。あのあと、『離婚協議中』って言ってたのも向こうに嫌がられた」
私は黙って聞いた。彼は続けた。
「養育費、しばらく下げさせて。で、もしよかったら、やり直せないかな」
私の返事「書いた通りで」
私は鞄からクリアファイルを出した。離婚時の公正証書の写しだ。
「この金額は、あなたが『余裕だ』と言って決めたよ。支払いが止まったら、私はここに書いてある手続き通りにするから」
元夫は一度咳き込み、水を飲んだ。「脅すの?」
「違う。子どもの生活を守るために、最初から決めておいた約束を、そのまま実行するだけ。もし本当に事情が変わったと主張するなら、正式に減額の申し立てをして。資料も出して。口だけのお願いには応じないよ」
元夫は小さくため息をついた。「今は裁判所に通う余裕がないし、書類集めもきつい。仕事も決まってない」
「じゃあ、書いてある通りで」
彼が自分で選んだツケ
「復縁は?」と元夫はテーブルの端を見ながら言った。
「ない。あなたがいない3年で、家の回し方も、子どもの学校のことも、私たちなりに形になったから」
ポケットの携帯が震れ、職場のチャットに来週のシフト調整が届く。私は「そろそろ行くね。支払い日は今まで通りで」とだけ告げて席を立った。
その月の振込は遅れなかった。翌月も同じだった。彼は、紙で交わした約束から逃げたときに何が起きるかを、仕事でいちばんよく知っている。
その後の私たち
面会は、公正証書どおり月に一度。前日になると「明日〇時で」と短い連絡が来て、必要なやりとりだけをする。復縁の話は、それきり出なかった。
土曜は子と図書館に行くのが定番になった。帰りに寄るパン屋でラスクをおまけにもらうと、子どもがうれしそうにする。
家計は潤沢ではないけれど、足りない分は私の手当てで埋められる範囲だ。月末には通帳を開いて、入金を確認する。そこにあるのは、あの日、震える手で取りに行った一枚の書類の効き目だ。
ニュースでは、元顧問先の後始末が長引いていると見る。彼が選んだのは、肩書と見栄だった。私と子どもの暮らしは、そこには含まれていなかった。
さいごに
見下しから始まった別れでも、紙の約束で生活を守れたお話でした。弱らされた側こそ、最初の取り決めを形にしておくことが支えになります。似た場面にいる人がいたら、どの一歩を一緒に用意できるか、身近な言葉で考えてみませんか。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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