習い事の送迎は、私にとって一日の中でも地味に気を張る時間です。
年中の息子を車で連れて行き、レッスン中は駐車場で待機して、終わったら急いで夕飯の支度に戻ります。パート帰りで時間も体力も限られているので、寄り道なしで帰れる日はそれだけで助かります。
ところが同じ教室に通うママ友のAさんと顔を合わせるようになってから、帰り道が落ち着かなくなりました。
ちょっとした親切のつもりが
Aさんは最近引っ越してきたばかりで、車はご主人が通勤で使っているそうです。普段は自転車やバスで来ていると聞いていました。
最初に頼まれた日は、たまたま帰りのバスの時間を逃してしまったらしく、Aさんが困っていました。家は同じ方面で車で10分ほどでしたし、子ども同士も仲が良かったので、私は「困っていそうだし」と軽い気持ちで送りました。
ただ、それが二度三度と続きました。
送迎待ちの駐車場で目が合うたびに、Aさんは当然のように私の車の近くへ寄ってきます。
私が断ろうとしても、Aさんが先に子どもへ「ほら、〇〇くんのママの車だよ」と声をかけるので、子どもが先に期待した顔になってしまい、断りにくくなってしまいます。
そして当たり前かのように「ついでに乗せてってよ」
感謝よりも「ついで」という扱いが引っかかります。
私の都合や疲れより、Aさんの帰りやすさが優先になっているように感じて、帰宅後にじわっとイラッとしていました。
子どもがうれしそうに口にした言葉
ある日、レッスンが終わって子どもたちが駐車場に出てきたタイミングで、他の保護者も何人か周りにいました。
私はその日は夕飯の買い足しもあり、これ以上寄り道が増やしたくありませんでした。だからこそ、今日はきちんと断ろうと決めて、荷物をトランクに入れながら短い言葉を頭の中で用意していました。
ちょうどAさんが自分の子の靴を履かせ終え、こちらへ向かってきました。
その瞬間、後ろにいたAさんの子が嬉しそうに私の横へ割り込んできました。
Aさん子ども:「あ!〇〇くんのママの車だ!やったー!」
周りにいたママたちも最初は和やかで、「仲良しでいいね」という空気でした。
周りのママ友:「△△ちゃんは〇〇くんのママの車で帰れてうれしい?」
子ども:「うん!ママもね『頼めば無料で送ってくれるからラッキー〜』ってパパに言ってるよ!」
その場が凍って相手が黙った瞬間
一瞬、笑い声が途切れました。
誰かが気まずそうに咳払いをして、別の人は視線をそらしました。
送迎は助け合いもありますが、「無料だから」と言い切って当然扱いするのは、暗黙のマナーとして引かれる空気があります。
次の瞬間、今度ははっきりと視線がAさんに集まりました。「うわぁ……」という言葉にならない表情が並び、駐車場の空気が重くなりました。
Aさんは固まって、口元だけ引きつらせていました。
私はそこで、曖昧に笑ってごまかしたら、また次も同じになると思いました。
私の生活の段取りを守るためにも、ここで線を引く必要があると感じました。
私:「今日はこの後予定があるので、乗せられません。では、またね」
Aさんは「え、でも…」と小さく言いかけましたが、周りの視線が刺さったのか、それ以上は続きませんでした。代わりに「じゃ、じゃあいいや」と早口で言い、子どもの手を引いて離れていきました。
その後変わった、ほどよい距離
それからAさんは、送迎待ちで私の車に近づいてこなくなりました。
挨拶はしますが、相乗りの話は出ませんでした。
数週間後に一度だけ「今日雨でさ」と匂わせるように言われましたが、私は「すみません、今日は直帰します」と同じ調子で返しました。
気まずさがゼロになったわけではありませんが、私の帰り道は元に戻りました。親切は続けたい気持ちもありますが、当たり前にされると途端に苦しくなってしまいます。
送迎のような小さな場面ほど、断る言葉を短く用意しておくと、自分の生活を守りやすいと思いました。あの日の静まり返った空気には怖さもありましたが、私にとって必要な区切りになりました。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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