年に一度の社内展示会は、出入り業者さんが新商材を持ち込んで提案してくれる大事な日だ。今年から私が全体の窓口を任され、名刺には「購買統括窓口 主任」と入った。うちの名刺は表が社名ロゴ、裏に氏名と役職を大きく載せる仕様。受付の札にも「窓口:購買部(担当・私の名字)」と出して、同僚の宮本さんと段取りを合わせていた。
「若い子に渡してもしょうがないけど♪」
最初に来たのは、四十代くらいの営業、小森さん。差し出した私の名刺を受けとると、一拍おいて、指でぺこんと二つ折りにした。
「これ、どうせ上の人に回るんですよね。若い子に渡してもしょうがないけど、一応ね」
名刺は、小銭をしまうみたいな雑な手つきでスーツのポケットへ。私は「本日の担当は私です」と伝えたが、「あーはいはい、とりあえず話は聞いといてもらえれば」と笑って流された。
商材の説明が始まっても、「難しい話は上の方に伝えてください」「お姉さんには分かりにくいかもしれないけど」と、ところどころに刺さる言い方が混じる。カタログを置きながら「決裁は男性の部長さん? 判子だけもらえれば早いんで」とまで言われ、受付の札も見ていないのが分かった。
隣で来場者リストを整えていた宮本さんが、手を止めてこちらを見る。目が合って、私も小さくうなずいた。聞くところは聞く。ただし、進め方はこっちのルールでいく。
「肩書、裏にもありますよ」
一通りの説明が終わると、小森さんは開口一番「で、御社の“上の方”はどちらに?」と聞いてきた。担当を飛ばして直接会いたい、という意味だ。
宮本さんが、彼のポケットを指さした。
「念のため、名刺もご確認ください。裏にも記載がありますので」
小森さんは、ゆっくり名刺を取り出し、折り目を指で伸ばしてから開いた。表を見て、ひっくり返す。
「購買統括窓口 主任……」
声がそこで小さくなった。
「さっきのは、その、場を和ませようと思って。ええと、できれば決裁の方に…」
私は手元のリストをめくりながら言った。
「本件の商談は私が進めます。説明は承知しました。進め方は社内の手順に沿って検討しますので、本日はここまでにします」
「いや、その、誤解が…」
「お時間ありがとうございました」
宮本さんがすぐに立ち上がり、次のブースの案内に移った。小森さんは何か言いかけて口を閉じ、名刺を畳まずに持ったまま退いた。
「名刺を折られました」と記録に残す
展示会が終わった夜、来場記録シートに事実だけを書いた。名刺を二つ折りにされたこと。「若い子に渡してもしょうがない」などの発言。担当者を飛ばして上長への取り次ぎを求めたこと。時刻と相手の氏名、要点を箇条書きにして、感情は入れない。
翌朝、それを購買部の上司に提出した。
「名刺の扱いと発言も含め、取引先として適切かどうかご判断ください。提案内容自体は別添の比較表にまとめています」
うちの選定基準は、仕様・価格・サポートだけでなく、窓口とのやりとりや約束の守り方も見る。上司は記録と比較表を読み、「分かった。ここまでだな」と短く言って書類を綴じた。
「選定は完了しております」
数日後、選定の結果が出た。小森さんの会社は候補から外れ、別の業者さんと契約が決まった。参加各社に結果通知を送付すると、すぐに小森さんから個別メールが来た。
「一度ご挨拶に伺いたいのですが」
私は定型の文面で返した。
「選定は完了しております。今回は貴社のご提案を見送らせていただきます」
既読になったまま、返事はなかった。
あの日から変わったこと
正直、翌日はしばらく落ち着かなかった。怒りというより、折り目のついた自分の名刺を思い出すと、胸の奥がザワつく感じがした。
宮本さんにお礼を言うと、「あの顔、忘れられませんね」と笑った。
「名刺、ちゃんと読んでほしかったですよね」
「ほんと、それ」
短いやりとりで、ようやく私も笑えた。展示会はまた一年後。窓口は引き続き私だ。次に来る人たちが、名刺をまっすぐ受け取ってくれるといい。
さいごに
名刺一枚でも、相手を見る姿勢って出ますよね。肩書きを読む前に折ってしまったら、せっかくの提案まで損ないます。似た経験、心に引っかかった方もいるはず。あなたなら、その場でどう受け止め、何を伝えますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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