娘の小学校の保護者同士の雑談で、私がスーパーのレジでパートをしていることは知られていた。
別に隠していることでもないし、仕事に引け目もない。
けれど、それを理由に「難しいことは分からない人」と扱われるなら、話は別だった。
「あなたには説明しても分からないかも」
今年度、クラスの保護者会で行事費などを管理する会計担当になったのは、同じクラスの保護者だった。
自分から手を挙げたと聞き、最初は頼もしい人だと思っていた。
初回の集まりのあと、保護者会で使う積立金の集金袋が配られた。
事前にもらっていたプリントには、一家庭あたりの集金額が書かれている。
ところが、私の封筒に書かれた金額は、それより数百円高かった。
「すみません。プリントに書いてある金額と違うんですが」
そう聞くと、会計担当の保護者は、
「ああ、一部の方は少し調整してるんです」と答えた。
「何の分でしょうか?」
さらに聞くと、笑顔のまま、
「細かく説明するとややこしいから。あなたには説明しても分からないかも」
と言われた。一瞬、言葉が出なかった。
「金額の根拠だけ教えていただけますか」
と聞いても、
「ちゃんと計算してますから、大丈夫ですよ」
で話は終わった。
周囲にも人がいたので、その場ではそれ以上追及しなかった。
ただ、何となく引っかかった。
「パートなら気にしなくて大丈夫」
次の集まりでは、今年度のお楽しみ会について説明があった。
最初にもらった資料では、会場費や材料費など、おおまかな予算が記載されていた。
ところが、その日の説明では一部の金額が変わっていた。
私は資料を見比べながら聞いた。
「最初のプリントと予算が変わっていますけど、これはいつ変更が決まったんでしょうか」
会計担当の保護者は、書類をそろえながら言った。
「会計に慣れてないと、こういうのって分かりにくいんですよ」
そして少し笑って、
「パートさんは、そこまで細かく気にしなくても大丈夫ですよ」
と言った。
今度は聞き流せなかった。
でも、その場で言い返すこともしなかった。
「分かりました。資料をもう一度確認してみます」
そう答えて帰った。
後からほかの保護者に聞くと、その人は普段から、
「夫は大手企業勤務」
「私は有名私大卒」
といった話をよくしているらしかった。
私がスーパーで働いていることも、以前の雑談で知っていたようだった。
だからといって、私が何を理解できるかまで決めつけられる筋合いはない。
金額を並べると、分からないことが増えた
家に帰り、これまで配られた資料を机の上に広げた。
前年度の会計報告は手元になかったので、クラス役員の代表にお願いして確認させてもらった。
今年度の最初の予算案と、その後に説明された金額も並べてみる。
気になったのは二つだった。
事前に案内された金額と、私に請求された金額が違うこと。
そして、お楽しみ会の予算が途中で変更されているのに、配布された資料からは変更の経緯が分からないこと。
もちろん、これだけで不正があったとは言えない。
単なる説明不足や集計ミスの可能性もある。
だからこそ、きちんと確認したかった。
私は金額と資料の日付だけをメモした。
次の保護者会で聞いてみよう。そう決めた。
娘を出産する前、私は監査法人で公認会計士として働いていた。
今は家庭との両立を優先して、近所のスーパーでパートをしている。
だからといって、保護者会で以前の経歴を話す必要はないと思っていた。
そもそも、数字について質問していいかどうかは、今の仕事や経歴で決まるものではない。
「その根拠だけ確認させてください」
次の保護者会で、会計担当から途中経過の報告があった。
説明が終わったところで、私は手を挙げた。
「二点だけ確認してもいいですか」
資料を開く。
「まず、事前のプリントに書かれていた金額より、私の集金袋には数百円多い金額が書かれていました。この追加分は何の費用でしょうか」
会計担当は、
「それは参加状況などを見て調整しているので」
と答えた。
「その計算方法が分かる資料はありますか?」
「そこまで細かい資料は出してません」
「では、どういう基準で金額を調整しているのかだけ教えてください」
少し沈黙があった。
そのとき、後ろの席から、
「あの、うちもプリントより多かったんですけど」
と別の保護者の声が上がった。
さらにもう一人、
「うちもです」と言った。
部屋の空気が少し変わった。
会計担当は、やや苛立ったように、
「だから、こういう会計って結構複雑なんですよ。素人の方が細かく見ると、かえって混乱するので」
と言った。私は一度黙った。
専門知識がないことを理由に質問を退けるつもりなら、前提だけは伝えておいたほうがいいと思った。
「それなら、一応お伝えしておきます」
相手を見る。
「私は以前、監査法人で公認会計士として働いていました。今はスーパーでパートをしています」
部屋が少し静かになった。
「ただ、私が会計士だったかどうかは、本来この話には関係ありません」
そう続けた。
「誰が質問しても、集める金額の根拠を説明できる状態になっているかを確認したいだけです」
会計担当の表情が変わった。
「その資料は……ありません」
私はもう一度、手元の資料を示した。
「では、この追加徴収の算定根拠は残っていますか?」
相手は紙を何枚かめくった。
「……そこは、特に資料にはしていません」
「お楽しみ会の予算も、最初の案から変わっていますよね。変更はいつ決まりましたか?」
「それは……何人かで話して」
「その内容が分かる記録はありますか?」
再び沈黙した。
そこでクラス役員の代表が口を開いた。
「一度、徴収額と支出予定を整理しましょう。誰が見ても分かる状態にしてから、改めて全員に共有したほうがいいと思います」
担任の先生も、
「必要であれば、確認の場には私も立ち会います」
と続けた。
私はそれ以上何も言わなかった。
相手を追い詰めたいわけではなかった。
知りたかったのは、本当に数字の根拠だけだった。
追加徴収分は返金された
後日、クラス役員側で、これまでの徴収額と支出予定が改めて確認された。
その結果、一部の家庭に上乗せされていた金額について、全員に説明できる統一した算定基準が決められていなかったことが分かった。
私だけではなく、事前の案内より多く集められていた家庭には差額が返金された。
お楽しみ会の予算変更についても、改めて保護者全員に経緯が共有された。
その後は、
「何にいくら使うのか」
「金額を変更した場合は、どういう経緯で決まったのか」
が分かる形で資料がまとめられるようになった。
私は今もスーパーでレジの仕事をしている。
それで何も困っていない。
あの場で以前の仕事を話したのも、肩書きで相手を言い負かしたかったからではない。
むしろ、本当なら言う必要などなかったと思っている。
私が公認会計士でなくても、
「この金額は何ですか?」
と聞いてよかった。
会社員でも、パートでも、専業主婦でも、会計の知識がなくても同じだ。
みんなから集めるお金なら、誰が聞いても分かるように説明できる。
私は、その当たり前を確認したかっただけなのだ。
さいごに
今の仕事や肩書きだけで、「この人には分からない」と決めつけられるのは気持ちのいいものではありません。
でも、お金について疑問を持ったとき、専門知識がなければ質問してはいけないわけでもありません。
「この金額は何のためですか」
「どういう基準で決まったものですか」
そんな単純な確認から見えてくることもあります。
もし事前に知らされていた金額と実際の集金額が違っていたら、あなたならその場で聞きますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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