産後2週間、私は毎晩ほとんど眠れていなかった。
そんなギリギリの状態のとき、インターホンが鳴り、見知らぬ男性が怒った顔で立っていた。
「夜中の泣き声、本当に迷惑なんですけど」
「お隣の者です。毎晩赤ちゃんの声で眠れなくて困ってます。どうにかしてもらえませんか」
男性はそう言って、険しい目で私を見た。
生後14日の娘を抱いたまま、私は言葉が出なかった。
「……生後2週間なんですが」
やっとそれだけ答えると、男性は「それはわかってますけど」と吐き捨てるように言い、立ち去った。
ドアを閉めた瞬間、涙がこぼれた。
どうしろというんだろう。娘だって好きで泣いているわけじゃないのに。
「静かにしろ」と言われても、できることは何もない
夫は仕事でほぼ毎日深夜帰り。私はひとりで授乳し、おむつを替え、抱っこし続けていた。
娘が泣くたびに「お隣に聞こえてるかな」と怖くなって、窓を閉め、厚手のカーテンを二重にして、それでも泣き声は消えるはずもなく。
毎晩、泣いているのは娘だけじゃなかった。
数日後、また同じ男性が来た。
「まだ続いてますよね。対策はしてるんですか」
私は震える声で「できる限りのことはしています」と答えた。男性は納得しない顔で帰っていった。
——どうすればいいんだろう。
夫に相談すると「管理会社に間に入ってもらおう」と言ってくれて、その日のうちに連絡することにした。
見知らぬ女性が「本当に申し訳ありませんでした」と頭を下げた
最初の苦情から1週間が経ったある夕方、インターホンが鳴った。
出てみると、先日の男性ではなく、40代くらいの女性が立っていた。顔が少し青ざめていて、深々と頭を下げた。
「隣室の妻です。このたびは夫が大変失礼なことを……本当に申し訳ありませんでした」
「え、どういうことですか」
戸惑う私に、女性は恥ずかしそうに話してくれた。
夫は「隣の赤ちゃん」に苦情を言いに行ったつもりだったが、実は部屋番号を1つ勘違いしていたのだという。
本当に夜中に泣き声がしていたのは、私の部屋ではなく、通路を挟んだ別の部屋だった。
しかも——。
「実は、大きな音を立てていたのは、うちの夫自身で……」
女性の話によると、夫は深夜に帰宅するたびに廊下を大きな音を立てながら歩き、ドアを勢いよく閉める癖があったらしい。
それを指摘した別の住人から管理会社へ連絡が入り、そこで初めて妻が全容を把握したのだという。
「苦情を入れていたのは、一番うるさかった側だった」
私は言葉を失った。
生後2週間の娘を抱えて泣きながら、眠れない夜を過ごしていたあの時間——その原因を作っていたのは、苦情を言いに来た本人だったのだ。
女性は「夫にも直接謝らせます」と言い、翌日、男性が来た。
バツの悪そうな顔で「部屋を間違えていました。ご迷惑をおかけしました」と頭を下げた。
私はただ「わかりました」とだけ答えた。怒鳴りつけたい気持ちがなかったわけじゃない。でも、それよりも、もうこの件を終わらせたかった。
管理会社からも後日連絡があり、当該の住民には正式に注意が入ったと教えてもらった。
娘の泣き声を、怖いと思わなくなった日
あれから数ヶ月が経った。
娘はよく笑うようになり、夜もまとめて眠れるようになってきた。私も、あの頃よりずっと余裕が持てている。
あの夜、インターホンが鳴るたびにびくびくしていた自分を思い出す。
娘の泣き声を「迷惑なもの」として怖がっていた。でも今は、泣き声すら愛おしい。
さいごに
産後まもない時期に「泣き声が迷惑」と言われたら、どれほど追い詰められるか。しかも苦情の原因が相手自身にあったなんて、あまりにも皮肉な話です。
赤ちゃんの声に罪悪感を持たされた経験、あなたにもありませんか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。



コメント