休日の朝は、平日より気持ちが慌ただしくなります。洗濯機を回しながら朝ごはんを作り、娘に「今日は何するの?」と聞かれて予定を組み立てるからです。
その一方で夫は、前日まで何も言わないまま、当日の朝になって自分の外出予定だけを入れることが増えていました。
釣り道具を見に行く、コーヒーを飲みに行く、友人と短く会うなど、内容も時間もその都度変わるのに、家の段取りだけは私任せになっていると感じることが多かったです。
いつの間にか当然になった役割
夫が出かける日は、私が娘の相手をしながら家事を進め、買い物に連れて行き、昼ごはんを用意して片付けます。夫が帰る頃には夕方の支度に入り、私は「私の休みはいつなのだろう」と思ってしまいます。
もちろん夫も平日は仕事で疲れているのは分かります。それでも、夫の自由時間は当然のように確保されるのに、私の休憩は「家のことが終わったら」と後回しのまま流れていくのがつらかったです。
台所で突き刺さったひと言
その日も洗濯機を回して朝食を出し、食器を下げたところで、夫がスマホを見ながら言いました。
「昼前から夕方まで、友だちと会ってくる。急に連絡来てさ」
こういう“当日決定”が続いていたので、私はせめて午前中だけでも、と言葉を選びました。
「じゃあ出かける前に、娘の相手を少ししてくれない? 私も少し休みたいの」
すると夫は、私の頼みを家事の小言の延長のように受け取ったのか、露骨に面倒そうな顔をしました。
夫の中では休日は“自分が充電する日”で、私のお願いはその邪魔に聞こえてしまうようでした。
そのまま玄関で靴ひもを結び直し、夫は少し強い声で言いました。
「休みの日ぐらい一人にさせてよ」
言葉の意味は分かりますが、私には「あなたは一人でいいけど、私はだめなの?」と聞こえました。
「一人にして」を叶える選択
言い返したら感情だけが先に出そうでしたので、私は深呼吸して別の形で伝えることにしました。
「分かった。じゃあ、あなたの言う通り一人の時間にして」
そう言ってから、娘に「おばあちゃんちにお泊まり行ってみる?」と聞きました。娘が喜んだので、私は夫に最低限の連絡だけはしました。
「私と娘は実家に行くね。今日は帰らず泊まるよ。明日の昼過ぎに戻る」
夫は慌てて「そんなの当日いきなり予定を入れられても困る」と言いました。そこで私は「あなたの予定も、事前に教えてもらうことないわよ?」と返しました。
洗濯は回したままで、干す作業は手つかずでした。朝食の食器も全部は片付け切れていませんでした。
私はそれらを見せたうえで、「洗濯物、止まったら干しておいてね。夕飯は冷蔵庫のもので何とかなるよ」とだけ伝え、娘の着替えと絵本をまとめて家を出ました。
実家では母が事情を察し、「今日は休みなさい」と言ってくれました。私は久しぶりに、座って温かいお茶を飲めました。
戻ってきた謝罪と、我が家の休日
その日の夕方、夫から電話が来ました。
「洗濯物って、これ干せばいいの? あと夕飯、いつも何からやってた?」
普段は私が黙って回していた段取りが、夫には思った以上に多く見えたのだと思いました。しばらくして夫は声を落として言いました。
「ごめん。俺、出かけることしか考えてなかった。『一人にさせて』って言ったけど、毎回俺だけだったね」
翌日の昼、私たちが帰ると、部屋は完璧ではありませんでしたが、洗濯物は干してあり、娘のお皿も洗ってありました。夫は玄関で頭を下げました。
「これからは、外出の予定は前日までに言う。午前か午後は俺が娘を見るから、君も一人の時間つくって」
私は大げさに責めず、「じゃあ私も、休みの日はちゃんと休むね」とだけ答えました。
家族だからこそ、黙っていると当たり前になります。私は一度家を空けて、夫の望み通り“本当に一人”にしました。その結果、夫が自分の身勝手さに気づいて謝ってきたことが、何よりスカッとしました。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。



コメント