「父親になる気はない」妊娠中に私を突き放した彼→4年後、突然「認知する。会わせて」

       
体験談
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「父親になる気はない」妊娠中に私を突き放した彼→4年後、突然「認知する。会わせて」 体験談

妊娠が分かったとき、私は当時付き合っていた彼に直接伝えた。

しばらく黙っていた彼は、私と目を合わせないまま言った。

「産むかどうかは好きにすればいい。でも、結婚はしない。父親として関わるつもりもない」

頭の中が真っ白になった。

その日はそれ以上まともに話せず、私は一人で家に帰った。

でも、あとになって「言った、言わない」になったら困ると思い、確認するようにメッセージを送った。

「さっき言っていたのは、結婚もしないし、子どもの父親としても関わらないという意味で合ってる?」

返ってきたのは短い文章だった。

「そう。認知もしないし、養育費も払わない。産むならそっちで育てて」

私はその画面を保存した。

「認知もしない。金も出さない」

家に戻って両親へ妊娠のことを話した。

母は驚いたあと、

「あなたが産むと決めるなら、できることは手伝う」

と言った。

父はすぐには何も言わなかったが、その日の夕食を黙って用意してくれた。

私は何日も考え、出産することを決めた。

彼にもそのことを伝えた。

返ってきたのは、

「俺は関わらない」
「認知もしない」
「もう連絡しないでほしい」

という内容だった。

認知や養育費は、私と彼だけではなく、これから生まれてくる子どもに関わることだ。

私はメッセージを消さずに保存し、自治体の相談窓口や法律相談を利用した。

父親が認知を拒む場合に取れる手続きがあることや、養育費についても相談できることを教えてもらった。

ただ、その頃の私は出産そのものへの不安でいっぱいだった。

仕事をどうするか。保育園をどうするか。生まれたあと、どうやって生活していくか。

相談はしたものの、すぐに家庭裁判所の手続きを進めるところまでは動けなかった。

それが一番よい判断だったのかは、今でも分からない。

ただ当時の私は、無事に出産して、子どもとの生活を作ることで精いっぱいだった。

4年間、彼から連絡はなかった

出産後は両親にも助けてもらいながら子どもを育てた。

育休を終えて復職し、保育園へ送り、仕事へ行き、迎えに行って夕食を作る。

忙しい毎日の中で、生活は少しずつ形になっていった。

彼から連絡が来ることはなかった。

誕生日にも、入園したときにも、一度もなかった。

子どもが4歳になった頃には、彼から連絡が来る可能性を考えることもほとんどなくなっていた。

そんなある日、突然メッセージが届いた。

「認知する」

最初は見間違いかと思った。

続けて、

「父親なんだから、子どもに会わせてほしい」

と書かれていた。

さらに、

「認知したら、子どもを俺の戸籍に入れられるんだよな?」

とも書いてあった。

4年間何もなかったのに、なぜ今なのか。

私はその場では返事をしなかった。

「認知する」と「会わせる」は別の話だった

まず法律相談を利用した。

そこで、認知することによって法律上の父子関係は生じるものの、それだけで子どもの戸籍が自動的に父親側へ移るわけではないことを説明された。

そして、認知、養育費、親子交流は、それぞれ分けて考えたほうがいいと言われた。

彼が認知することと、

「だから今すぐ子どもに会わせなければならない」

ということは同じではない。

特に子どもにとって、彼は生まれてから一度も会ったことのない人だった。

私は彼へ、

「認知については必要な手続きをしてください。養育費と子どもとの交流については、それとは別に整理したいです」

と文面で伝えた。

それ以降のやり取りも、できるだけ記録が残る方法に限定した。

話し合いだけではまとまらず、養育費と親子交流については家庭裁判所の手続きを利用することになった。

「なぜ4年たってから?」

彼はその後、自分から認知の届出をした。

家庭裁判所では、養育費について双方の収入などを確認しながら話し合いが進んだ。

一方、親子交流については、それまで父親と子どもの交流が一度もなかったことを前提に、どのような方法なら子どもに負担が少ないかを考えることになった。

その中で、彼がなぜ今になって連絡してきたのかという経緯も話題になった。

彼は、

「家族に子どものことが知られたんです。無責任なままでいいのかと言われて、自分でも会ってみたいと思うようになりました」

と説明した。

私は、妊娠を伝えた当時のメッセージも提出した。

そこには、

「認知しない」
「養育費も払わない」
「関わらない」

とはっきり残っていた。

私は彼を責めるために見せたわけではない。

ただ、子どもから見れば、4年間まったく交流がなかった人なのだという事実を分かってほしかった。

「この子にとっては、今のところ知らない大人です」

私はそう伝えた。

「突然『この人がお父さんだよ』と会わせて、すぐ二人だけにするようなことはしたくありません」

彼は、

「でも、俺は父親なんだから会いたい」

と言った。

私はその気持ちそのものを否定するつもりはなかった。

ただ、大人が会いたいと思う速度と、4歳の子どもが相手を受け入れられる速度は同じではないと思った。

いきなり二人きりでは会わせない

最終的に、養育費については双方の収入などを踏まえて金額と支払い方法を取り決めた。

親子交流については、いきなり長時間会わせる形にはしなかった。

まずは、子どもの年齢に合わせて父親について少しずつ説明する。

そのうえで、手紙やカードなどの間接的な交流から始める。

子どもの様子を見ながら、本人が強く嫌がっていないことを確認し、必要であれば支援機関を利用した短時間の交流を検討する。

状況が変われば、その都度話し合う。

そういう段階的な進め方になった。

彼にとっては遠回りに感じたかもしれない。

でも、これは彼と私の関係を修復するための話ではない。

子どもと父親との関係を、子どもが安心できる形で作れるかどうかの話だ。

認知を「交換条件」にしなくてよかった

私が一番心配していたのは、

「認知するんだから、会わせろ」

という話になってしまうことだった。

でも、認知は認知。

養育費は養育費。

親子交流は親子交流。

それぞれを分けて整理することができた。

認知したからご褒美として会わせるわけでもない。

会わせたくないから認知や養育費を拒むわけでもない。

すべての中心にいるのは、私でも彼でもなく、子どもなのだと思う。

その後

父親から届いた最初のカードは、私が内容を確認してから子どもに見せた。

「この人は誰?」

と聞かれたので、年齢に合わせて少しずつ説明した。

すぐに「お父さん」と呼ばせることはしなかった。

返事を書くかどうかも、子どもに任せた。

興味を示す日もあれば、まったく気にしない日もある。

それでいいと思っている。

私たちの普段の生活は変わらない。

朝は一緒に支度をして、保育園へ行く。

帰宅すれば夕食を食べ、お風呂に入り、寝る前に絵本を読む。

冷蔵庫には、子どもが書いた私の似顔絵が貼ってある。

4年間続いてきたこの生活を、突然現れた大人の都合で大きく揺らしたくはない。

だから、急がない。

彼との関係を作るとしても、子どもの反応を確かめながら、一歩ずつ進める。

公的な手続きを利用して、その方針を形にできたことで、私自身もようやく少し落ち着くことができた。

さいごに

何年も連絡がなかった相手から、突然「認知する」「子どもに会いたい」と言われたら、戸惑う人もいると思います。

でも、認知すること、養育費について決めること、親子交流をどうするかは、すべて同じ話ではありません。

特に子どもとの交流については、大人同士の感情だけではなく、子どもの年齢やこれまでの生活、相手との関係を考えながら進めることが大切なのだと思います。

突然「父親として会いたい」と言われたら、あなたならまず何を確認しますか?

※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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