妊婦健診を終え、車で家へ向かっていた。
赤信号で停車した、その直後だった。
後ろから、車体をぐっと押されるような衝撃があった。
何が起きたのか理解するまで、一瞬かかった。
バックミラーを見ると、後ろの小型車を運転していた若い女性が、青ざめた顔でこちらを見ていた。
「警察だけは呼ばないでください」
私はハザードランプを点けた。
強い腹痛や出血がないことを確認し、後続車の妨げにならない場所までゆっくり車を移動させた。
相手の女性も後ろからついてきた。
車を降りると、女性は開口一番こう言った。
「本当にすみません。警察だけは呼ばないでもらえませんか?」
私は思わず聞き返した。
「警察を呼ばない?」
「修理代は払います。現金でも払うので……」
かなり焦っているようだった。
さらに、
「親に知られると困るんです」
と繰り返した。
でも、私は妊娠中だった。
その場では何ともなくても、本当に問題がないのか自分では判断できない。
「すみません。妊娠中なので、事故としてきちんと届けます」
そう伝え、警察へ連絡した。
産院にも電話した
警察を待つ間、通っている産院にも電話した。
事故に遭ったこと、赤信号で停車中に後ろから追突されたこと、今のところ出血や強い腹痛はないことを伝えた。
電話口では、症状が出た場合はすぐに救急要請を検討すること、現時点で症状がなくても念のため当日中に受診するよう案内された。
そこまで聞いて、ようやく少し落ち着いた。
相手の女性は何度か、
「本当に警察じゃなくちゃ駄目ですか?」
と聞いてきた。
私はもう、
「事故として手続きをします」
とだけ答えた。
その場で修理代や示談について話すこともしなかった。
車検証を見ると、本人名義ではなかった
しばらくして警察官が到着した。
双方から事故の状況を聞き、免許証や車検証、車の損傷などを確認していった。
私の車にはドライブレコーダーが付いていたので、映像が残っていることも伝えた。
赤信号で停車していたところへ、後ろの車が接触した様子が記録されていた。
相手の女性は、
「そんなに強くぶつかったつもりはなくて……」
と話していた。
ただ、事故の程度をその場の感覚だけで決めることはできない。
警察官による確認が進む中で、相手の車が女性本人の名義ではないことも分かった。
車検証上の所有者は会社だった。
警察官から車との関係を尋ねられ、女性は少し言いにくそうに答えた。
「父がやっている会社の車です。今日は私用で借りていました」
その言葉を聞いて、「親に知られたくない」と言っていた理由が少し分かった。
だからといって、警察へ届けない理由にはならない。
私はそれ以上、事情を聞かなかった。
診察では異常なし。でも、その場で終わりにはしなかった
事故の確認が終わったあと、夫に連絡し、そのまま産院へ向かった。
診察を受けた結果、その時点では母子ともに大きな異常は見つからなかった。
それでも、腹痛や出血など体調に変化があれば、すぐに連絡するよう説明を受けた。
「大丈夫そうです」
と言われたとき、ようやく息を吐けた。
車の傷よりも何よりも、その言葉を聞くまでは落ち着かなかった。
帰宅後、自分が加入している保険会社にも事故を連絡した。
事故の状況や警察へ届け出たことを伝え、ドライブレコーダーの映像や車の損傷写真など、必要と言われたものを保存した。
産院を受診したことも伝えた。
そして、相手本人から連絡が来ても、その場で修理代や補償の金額を決めないことにした。
今後のやり取りは、基本的に保険会社を通す。
夫ともそう決めた。
後日、相手の車について連絡があった
翌営業日以降、保険会社を通じて今後の対応について連絡があった。
相手が運転していたのは会社名義の車で、事故当日は業務ではなく私用で使っていたという。
そのため、どの保険でどこまで対応するのかについて、相手側で確認が必要だと説明された。
私は、その判断に口を出すことはしなかった。
こちらから伝えたのは、事故の状況と車の損傷、受診したことなど、必要な事実だけだった。
車の修理についても見積もりを取り、代車や受診に関する費用を含め、どこまで補償の対象になるのか保険会社と確認しながら進めた。
すべてが片づくまでには少し時間がかかった。
それでも、相手と直接、
「これは払う」
「これは払わない」
と言い合わずに済んだことは大きかった。
「現金で払います」に応じなくてよかった
事故直後、相手は本当に困った顔をしていた。
あの表情を見ていたら、
「車もそこまで壊れていないし、今回はいいですよ」
と言いたくなる人もいるかもしれない。
私自身、一瞬だけ「大ごとにしなくてもいいかな」と迷った。
でも、その時点では、お腹の赤ちゃんに影響がないことも、車の修理にいくらかかるのかも分からなかった。
あとから痛みが出る可能性だってある。
だから、あの場で当事者同士だけで話を終わらせなくてよかったと思う。
警察に届ける。
必要なら医療機関を受診する。
事故の状況を記録する。
保険会社に連絡する。
その順番を踏んだことで、感情ではなく手続きとして話を進めることができた。
数週間後、また車を運転した
しばらくして、私はまた一人で車を運転した。
赤信号で止まったとき、無意識にバックミラーを確認している自分に気づいた。
後ろから車が近づいてくるだけで、少し体に力が入った。
事故そのものは大きなものではなかった。
それでも、「止まっていてもぶつけられることがある」という感覚は、しばらく残った。
ただ、もしまた何かあったとき、何をすればいいのかは前より分かっている。
そのことが、少しだけ安心につながった。
あの日、相手に頼まれるまま警察を呼ばず、現金だけ受け取って終わらせなくてよかった。
特に妊娠中だったからこそ、「たぶん大丈夫」で済ませず、必要な人に確認してよかったと思っている。
さいごに
交通事故の直後は、相手から「警察を呼ばずに済ませたい」「現金で払う」と言われても、その場では車の損傷や体への影響が分からないことがあります。
特に妊娠中など体調への不安がある場合は、自己判断だけで済ませず、状況に応じて警察や医療機関、保険会社へ相談することも大切です。
相手が困っていることと、自分に必要な手続きを省くことは別の話です。
もし事故直後に「警察だけは呼ばないで」と頼まれたら、あなたならどうしますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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