授業参観の日、教室の後ろに保護者が並ぶ空気はいつも少し緊張します。
うちの子のクラスは「親への作文を読む日」でした。
成長がうれしい反面、名前を呼ばれるたびに胸が詰まるようでもありました。
ところがその日は、別の緊張も混ざっていました。返ってこない借り物のことが頭から離れなかったからです。
ママ友の持ち物で見つけた「私のもの」
参観の前に廊下の掲示を見ていると、同じクラスのママ友のバッグから水色の折りたたみ傘がのぞいていました。持ち手の小さな傷まで、私の傘だと分かりました。
二か月前の雨の日、相手は「傘余ってたら貸してもらえる?」と慌てた様子で頼んできました。
登校班の集合時間が迫っていて断りづらく、自分はビニール傘も持っていたのもあり、相手の子が濡れるのも気になって、軽い気持ちで貸していました。
それからも「ちょっとだけ」が増えました。ボールペンやハサミなどです。
どれも高価ではありませんが、普段から使っている物でした。
返してほしいだけなのに軽く流される
授業参観が始まる前、廊下で周りの目が少ないタイミングを見て、私は小声で言いました。
「この前の傘、そろそろ返してもらえる?」
相手はバッグの口を押さえながら、軽く笑いました。
私が「最近天気が不安定で、私も使いたくて」と続けると、相手は一度バッグに目を落としてから肩をすくめました。
「遅くなってごめんね、今度返すね」
言葉は軽いのに、私の気持ちだけが重くなりました。
その場で強く言い返せなかったのは、教室の前で揉めて参観の雰囲気を壊したくなかったからです。相手の子も同じクラスで、親同士の空気が子どもに伝わるのも避けたかったです。
言い出せないまま迎えた作文発表
この日の授業参観は、作文発表でした。
教室への保護者の出入りも多く、人前で借り物の話を蒸し返すのは控えようと決めていました。
その代わり、帰り際に落ち着いた場所で「今日中に返してもらえますか」と区切りをつけるつもりでした。
作文発表が始まると、子どもたちは順番に前へ出で作文を読み上げます。
どの子も家庭のことを正直に書きつつ、言葉は整えられている印象でした。
そして数人目、相手の子が前に立ち、少し震える声で読み始めました。
「わたしのおかあさんは、よく物を借ります」という書き出しで、教室が静かにざわつきました。
大勢の前で事実が明かされる
作文は続きました。
「傘や、ボールペン、ハサミを借ります。わたしが『返した?』と聞くと、おかあさんは『まだ使ってる』と言うことがあります」
言い回しは子どもらしいのに、内容は具体的でした。
私は息をのみました。周囲の保護者も、誰が何を借りたのかまでは分からなくても、「返していない」という事実だけは共有された空気がありました。
横を見ると、相手の顔色がはっきり変わっていました。
発表後、先生は責めるような口調ではなく、「借りた物は返すって大事ですね。おうちでも話してみましょう」と穏やかにまとめました。
その穏やかさが、かえって逃げ道をなくしているように感じました。
授業が終わり、廊下で荷物を整えていると、相手が私の方へ来ました。バッグから水色の傘を慌てて取り出し、両手で差し出してきました。
「ごめん、ほんとにごめん。返すの忘れてた」
私は必要以上に責めず、「ありがとうございます。次からは、その日に返してもらえると助かります」とだけ伝えました。相手は小さくうなずき、「うん、気をつける」と言いました。
誰かが怒鳴ったわけでも、私が言い負かしたわけでもありませんでした。
それでも、みんなの前で事実が並び、空気が正されました。
帰り道、傘の持ち手の傷を指でなぞりながら、胸のつかえが少しずつほどけていくのを感じました。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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