夜、夫とソファーでテレビを見ながら「できたみたい」と切り出した。三年待った妊娠だ。夫の顔がほころぶのを、少し期待していた。
返ってきた言葉は「困るな」だった。
あまりの衝撃に一瞬止まった私に、夫は「今は仕事が詰まってて。正直、無理」と続けた。何が無理なの、と聞き返しかけたけど言えなかった。
「困るな」の直後『内示』で荷造り
その週の金曜、玄関にスーツケースが出ていた。夫は靴ひもを結びながら言った。
「内示が出た。来月辞令かも。単身赴任になる」
「どこに?」
「まだ正式じゃない。先に準備する」
「住所と連絡先、分かったらすぐ教えて」
「落ち着いたらな」
そう言って、夫はその日から家に戻らなくなった。翌週に「辞令が出た」とだけメッセージが来たが、勤務地や住所は答えない。私の通知は既読になったりならなかったり。生活費の振込だけが、月に一度ぽつりと入る。
「住所は?」に『落ち着いたら』ばかり
母子手帳をカバンに入れて、私は一人で健診に通った。「出産予定日、決まったよ」と送っても、返ってくるのはなぜか「落ち着いたら」。腹は重くなるのに、連絡はものすごく軽い。
陣痛が始まった連絡も、一応は夫に送った。娘が生まれても、夫はいなかった。
段ボールに残った経費の控え
里帰りから戻って、夫が置いていった段ボールを開けた。表に「出張」と書かれたクリアファイル。付箋に「経費・提出済」とある。中には、会社アドレスから同僚女性に送った出張調整メールの印刷と、クレジットカードの利用明細の控え。
「今週の出張、ホテルはここにした。家族カードで払ったからチェックインは俺の名前で」——メール本文はそう書いてあり、CC欄には同僚女性のアドレス。日付は、私が妊娠を伝えた週と、その翌月。明細のホテル名・金額と一致していた。
社内の懇親会で夫が「同じチームの人」と紹介した名前を検索すると、その人の公開SNSに新生児の写真があり、「予定日より少し早く生まれました」の投稿。日付は私の出産とほぼ同じ時期だ。
私は紙の日付を指でなぞり、「同じ週に二度、同じホテル名」と声に出した。これは、出張の同行というより二人で泊まる段取りと支払いの証拠だ。
「単身赴任はどこ?」弁護士同席で確認
地域の法律相談に電話をし、紹介された弁護士に会った。紙と明細を渡すと、「面談日を設定しましょう」と言われ、夫あての通知文を作ってもらった。会社の総務宛てに送ると、数日後、夫は事務所に現れた。
会議室のテーブルに、印刷したメールと明細を並べる。
「これ、あなたが同僚の人に送ったメールだよね。日付は私が妊娠を伝えた週とその翌月。ホテル代は家族カード。単身赴任って、どこ?」
夫は「仕事の同行だ」と言いかけ、CC欄の相手の名前を見て黙った。弁護士が聞く。
「単身赴任の辞令は、実際に出ていますか」
「……出てない。あれは口実です。引き継ぎって言って、ビジネスホテルに泊まってた」
「その相手の方と、私的な関係があったんですね」
夫はうなずいた。
「相手の人とのあなたの子どもがいるの?」
目をそらして、夫は小さく答えた。
「同じ時期に妊娠して産まれた。相手は独身だ。認知と養育のことは、こっちで話を進めるつもりだった」
「会社に言うな」→取り決めを紙にする
「社内にこれ以上広まったらまずい。頼む。お前にも相手にも、金は責任持って払うから」
弁護士が間に入る。
「では、整理します。まず離婚。あなたから奥さまへの慰謝料と、お子さんの養育費。金額・支払方法は公正証書にします。次に、相手女性への慰謝料請求は奥さまの権利ですので、私から内容証明を送付します」
私はうなずいた。夫は顔をしかめたが、「分かった。払う」と言った。夫分は給料口座からの自動振込、遅れた場合は遅延損害金。相手女性には、私が既婚者だと知っていたうえで関係を続けたことを理由に、弁護士経由で請求した。
数週間後、相手女性からも示談で慰謝料が振り込まれた。夫は別件として相手の子を認知し、養育費は相手女性側と取り決める——
離婚届は二人で署名押印し、役所に提出。受理通知を手にしたとき、ようやく区切りがついた。
その後、娘と私の暮らし
手続きが終わるまで数カ月。私は娘と賃貸に移り、近くに住む姉に週一で来てもらった。夜中のミルクで起きるたび、あの「困るな」という一言を思い出す。
夫からの慰謝料と養育費は、今のところ約束どおり入金されている。面談の最後に、夫は小さく「悪かった」と言った。その一言で何かが戻ることはないけれど、書面で決めたお金は、娘の生活を確かに支えている。
いつか娘に父親のことを聞かれたら、嘘をつかずに話そう。抱き上げて、「今日は何して遊ぼっか」と声をかけた。
さいごに
妊娠や出産の時期に、急な「転勤」「内示」などの口実で不安になること、ありますよね。今回の話は、残されていた経費の控えが道筋を作り、弁護士と一緒に整理できたケースでした。
ひとりで抱え込まなくて大丈夫。もし似た違和感があるなら、誰にまず相談しますか?身近で顔が思い浮かぶ人や窓口を書き出してみるのも一歩です。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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