小学校の保護者会には、どこにでも「仕切る人」がいる。
うちの学校のその人は、ベテランPTA役員歴5年の田沼さん(仮名)だった。
笑顔が絶えない、いわゆる「できるお母さん」——そう思っていたのは、あの日までの話だ。
「仕事しながらじゃ、迷惑をかけるだけよ?」
4月の第一回保護者会。新年度の役員選出で、私は思い切って手を挙げた。
子どもが3年生になったし、去年は引っ越しで何もできなかった。今年こそ学校に関わりたい——そんな気持ちだった。
ところが、挙手した私を見た田沼さんは、やわらかい声でこう言った。
「あら、でも……フルタイムで働いてるんだっけ? 役員って思ったより大変だから、仕事しながらじゃ他の人に迷惑をかけるだけよ? 悪いことは言わないわ」
会議室がしんと静まった。他のお母さんたちは目を伏せている。
——迷惑、か。私は手を下ろさなかった。
「それでもやってみたいです」と答えると、田沼さんは「まあ……本人がそう言うなら」と肩をすくめた。
完璧な進行ぶり、その裏で気になる数字
役員になってからの田沼さんは、確かに「仕事のできる人」だった。進行は速く、資料は整っていて、新参者の私は最初、彼女のペースに飲まれていた。
私に回ってきた仕事は「議事録作成」と「会計補助」。
地味な役割だったけれど、私はコツコツやることは得意だ。毎回の会議を録音しながらメモを取り、翌朝には整理して全員に共有した。
そして会計補助として過去2年分の記録を引き継いだとき、ある違和感を覚えた。
領収書の日付と、通帳の出金日がずれているものが数件ある。金額自体は小さい。でも、何度見ても合わない。
——気のせいかな。そう思いながらも、私はすべてをスプレッドシートに整理し始めた。
「私の勘違いかもしれない」──でも数字は嘘をつかない
数週間かけて過去2年分の会計記録を突き合わせると、合計で数万円単位の「説明のつかない支出」が浮かび上がってきた。
備品購入の領収書なのに、購入記録が学校側にない。慶弔費として処理されているのに、対象者の記録がない。
私は一人でじっと画面を見つめた。——これ、どういうことだろう。
悪意ある告発をしたいわけじゃない。でも、これは正直に報告すべきだと思った。私はまず、PTA顧問の先生に「確認してほしい数字がある」とだけ伝え、整理した資料を渡した。
緊急会議で、証拠が一枚ずつ積み上がっていく
翌月、校長室で緊急の役員会が開かれた。校長、PTA顧問の先生、そして役員全員が呼ばれた。
顧問の先生が、私の整理した資料をもとに会計の疑問点を読み上げていく。田沼さんは最初、落ち着いた様子で「記憶違いでは」と答えていた。
でも、証拠は一枚ずつ積み上がっていった。私の議事録、通帳のコピー、領収書の控え——すべてが静かに並べられていく。
「田沼さん、この支出の説明をいただけますか」
校長が静かに問いかけたとき、田沼さんは初めて言葉に詰まった。
そして校長が言った。「今年度の役員の仕事ぶりについては、日ごろから議事録が丁寧で助かっていると聞いています」
——その言葉が誰に向けられたものか、その場の全員がわかっていた。
笑顔が消えた日、田沼さんは辞任した
田沼さんはその日のうちに役員を辞任した。あの完璧な笑顔が、初めて消えた瞬間だった。
「迷惑をかけるだけ」と言ったのは、どちらだったのだろう。——そう思ったけれど、口には出さなかった。
静かに続けている、今
緊急会議が終わった帰り道、なんとも言えない気持ちで歩いていた。スカッとしたかというと、正直そうでもない。ただ、静かに「よかった」と思った。
今は後任の役員さんたちと一緒に、淡々と仕事を続けている。議事録は相変わらず私の担当で、毎回翌朝に共有している。
フルタイムで働きながらでも、できることはある。——そうあの日の私に教えてあげたかった。
さいごに
「あなたには無理」と笑顔で言われたとき、一番きつかったのは、周りが誰も何も言わなかったことかもしれません。でも、反論よりも記録が、最後には一番強かった。
声を荒げなくても、コツコツ積み上げた事実は消えない——そう信じてよかったと、今は思っています。同じように「どうせ無理」と言われた経験を持つ方に、少しでも届いたらうれしいです。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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