駅弁の包みを開こうとしたところで、私は一度手を止めた。
小学2年生の息子と二人で乗った、帰省の新幹線。隣同士の指定席を取っていたのに、私たちの席へ行くと、息子の席に見知らぬ男性が座っていた。
スーツ姿で、年齢は50代くらい。テーブルにはノートパソコンと書類が広げられている。
嫌な予感がした。
「お子さんなら、私の席でも大丈夫ですよね?」
私は予約した座席番号をもう一度確認した。
間違っていない。
「すみません、そこはこの子の席なんですが」
声をかけると、男性はこちらを見上げた。
「ああ、そうなんですね」
それなら立ってくれるのかと思った。
ところが男性は、書類を片づける様子もなく続けた。
「私の席、一つ後ろなんですよ。お子さんなら、そっちに座ってもらっても大丈夫ですよね?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「え?」
「お母さんの席からも見えるでしょう? 私、仕事したいので、できればここを使わせてもらえると助かるんです」
息子が私の服の袖をつかんだ。
見知らぬ大人の代わりに、小学生の息子だけを一列後ろへ座らせる。
そんな交換を受け入れる理由はない。
「すみません。息子と隣同士で予約しているので、席は替われません」
そう答えた。
男性は少し意外そうな顔をした。
「子どもならどこでも同じでしょ?」
男性はようやくパソコンを閉じたものの、まだ立とうとはしなかった。
「でも、子どもなら別にどこの席でも同じでしょう?」
私は返事に詰まった。
男性はさらに、
「こっちは仕事なんですよ。資料も広げたいし。ちょっとくらい融通利かせてもらえません?」
と言った。
息子が小さな声で、「ママの隣がいい」と言った。
私はその言葉を聞いて、迷うのをやめた。
「この子も隣に座りたいと言っていますし、私たちはこの二席を予約しています。元のお席に戻ってください」
できるだけ落ち着いて言った。
すると男性はため息をついた。
「親なら、もう少し周りに配慮してもいいと思いますけどね」
さすがに腹が立った。
でも、ここで言い合いを続けても仕方がない。
「分かりました。乗務員の方に確認します」
そう伝えた。
息子と一緒に乗務員を探した
私は荷物をまとめ、息子と一緒にいったんデッキへ出た。
近くにいた乗務員に事情を説明した。
「隣同士で指定席を取っているんですが、息子の席に別の方が座っていて、息子をその方の席へ移すように言われています」
乗務員は座席番号を確認し、私たちと一緒に席まで来てくれた。
男性はまだそこにいた。
乗務員が声をかける。
「お客様、恐れ入ります。きっぷを確認してもよろしいでしょうか」
男性は不満そうな顔をしながら、スマートフォンの予約画面を見せた。
乗務員は確認してから言った。
「お客様のお席はこちらではなく、一列後ろの通路側ですね」
「分かってますよ。でも、こっちのほうが仕事しやすいから、替わってもらおうと思っただけです」
男性はそう答えた。
すると乗務員は、落ち着いた声で言った。
「座席の交換は、お互いのお客様が同意された場合に限ります。こちらのお客様は交換を希望されていませんので、ご予約のお席へお戻りください」
男性は黙った。
「子どもの席なんだから」と食い下がったけれど
それでも男性は、
「でも子どもですよ? 一列くらい離れても問題ないでしょう」
と言った。
乗務員は態度を変えなかった。
「お子様かどうかにかかわらず、ご予約されている座席です。また、小さなお子様を保護者の方と離して座らせることを、こちらからお願いすることもできません」
その言葉で、ようやく男性は書類をまとめ始めた。
「はいはい。戻ればいいんでしょ」
ノートパソコンを鞄に入れ、席を立つ。
通路へ出るときも、私たちを見ることはなかった。
男性が一列後ろの自分の席へ戻ったあと、乗務員は私たちに、
「こちらのお席で大丈夫です。何かありましたら、またお声がけください」
と言った。
「ありがとうございます」
私が頭を下げると、息子も小さく会釈した。
「ママの隣でいいんだよね?」
ようやく席に座り、私はもう一度駅弁の包みを開いた。
すると息子が聞いた。
「僕、ママの隣でよかったんだよね?」
その聞き方に、胸が少し痛んだ。
大人同士が話しているうちに、自分がわがままを言ったのではないかと思ってしまったのかもしれない。
「もちろん。ここは最初から一緒に座るために取った席だよ」
そう答えると、息子は安心したようにうなずいた。
「知らない人に替わってって言われても、嫌だったら嫌って言っていいの?」
「うん。困ったら、ママとか乗務員さんに言えばいいよ」
それから二人で駅弁を食べた。
少し冷めた唐揚げを半分にして渡すと、息子はいつもの調子で食べ始めた。
ようやく、いつもの帰省の時間に戻った気がした。
子どもの席だから軽く扱っていいわけではない
男性にとっては、ほんの一席だったのだと思う。
自分は仕事をしたい。相手は小学生だから、一列後ろへ移動してもらえばいい。
それくらいの感覚だったのかもしれない。
でも、私たちが隣同士の指定席を取ったのには理由がある。
小学生の息子と安心して移動するためだ。
「子どもだからどこでもいい」と、知らない人に決められるものではない。
もちろん、座席を替わってほしいとお願いすること自体が悪いわけではないと思う。事情があって頼む人もいるだろうし、お互いが納得すれば交換することもある。
ただ、お願いされた側には断る自由もある。
相手が断ったあとまで、「子どもなんだから」「融通を利かせて」と押し続けるのは違う。
あの日、無理に我慢せず、乗務員に相談してよかったと思う。
さいごに
指定席の交換を頼まれたとき、応じるかどうかは相手との話し合いです。
「子どもだから」「一人だから」といった理由で、断りにくく感じる必要はありません。自分たちだけでは話がまとまらないときは、無理に言い争わず、乗務員など第三者に相談する方法もあります。
子どもとの移動中、見知らぬ人から座席交換を求められたら、あなたならどうしますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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