新規案件の提案資料を仕上げた夜、私は机に突っ伏して仮眠をとった。市場調査から試算まで、土日をつぶして積み上げた一式だ。
翌朝、資料を渡したときの上司の笑顔に、うっすら引っかかりを覚えた。嫌な予感は、午前の会議で現実になる。
「今日から俺の功績、な?」
会議室で上司は椅子にもたれ、指で机をトントン叩いた。
「今日からこれは俺の功績な。名刺も俺が出す。君は横で相槌だけにしなさい」
耳を疑った。私が作ったドラフトの表紙は、上司の名前に差し替わり、コメント欄は丸ごと消えている。
「説明は全部俺がやる。話がブレるから、君は『はい』だけでいい」
驚いたけれど、言い返さなかった。目の前の相手は、私の評価もチームの信用も握っている。今やるのは、声を荒らげることじゃない。
「数字、派手に盛っとけ」
上司はスライドを開き、勝手に数字を書き換え始めた。
「この成長率さ、10%じゃ弱い。20%にしよう。いや30%でもいける。『攻める姿勢』を見せないと」
「でも供給能力が追いつかない前提になります。在庫の回転は—」
「細かいのはあとで詰めよう。今日は勢い。クライアントは細部より絵だよ」
市場規模のグラフに上司の注釈が増え、試算の根拠ページは「複雑すぎる」と削られた。私は震える手でメモをとる。社内チャットには、上司から短い指示が来た。
「明日、進行は俺。君は相槌のみ。助け舟禁止」
私は既読をつけ、「了解です」とだけ返した。約束は、約束だ。
「君は相槌だけでいいから」
プレゼン当日。先方は経営陣ふたりと実務担当の三人。こちらは上司と私の二人で臨んだ。プロジェクターが照らす中、上司が大きめの声で切り出す。
「今回の提案、私が主導して作りました。ポイントは“大胆な攻め”です」
スライドは派手に切り替わる。だが、根拠のページは飛ばされ、太字の決まり文句だけが続く。
私は相槌に徹した。「はい」「そのとおりです」。助け舟を出せば場は丸く収まるかもしれない。でも、それは今日の約束に反することになる。でも、盛った数字のままにするのは、もっと悪い。
「では根拠は?」で手が止まる
先方の一人が、ペン先でグラフを指した。
「この30%成長、式と前提を教えてください。在庫は何日分で見ていますか?」
上司は笑顔のまま固まり、スライドを前後に行き来した。削除したはずの根拠ページを探しているのが分かる。
「ええと、そこは柔軟に…我々のネットワークを活用すれば…」
「ネットワークは分かりました。式をお願いします。あと、ここ。市場規模が去年の公表値と違いますね。どちらが正ですか?」
上司の視線が私に飛ぶ。私は、上司が作った進行表を指で示した。
「本日の説明は◯◯(上司)が担当いたします」
言葉が出ない時間が伸び、先方の実務担当が小声で「差し戻しですかね」と隣と顔を見合わせる。上司は早口でつなごうとしたが、矛盾を拾われるたびに手元の紙が増え、めくる音が重なっていった。
会議は短く閉じられた。「前提の整理が必要ですね。再提案をお願いします」。丁寧だが、明確な結論だった。
「助けないの?」に私の返答
会議室を出るなり、上司が低い声を向けてきた。
「なんで助けない。見殺しにしたのか」
私はスマホを開いて見せた。昨日のメッセージが画面に残っている。
「進行はあなたですよね。私は相槌のみ。助け舟禁止、ですよね」
上司は目をそらし、「誤解だ」と小さく言った。夕方、社内で状況確認のミーティングが開かれ、同席した部門長が手元のメモを見ながらはっきりと言った。
「先方からの指摘は妥当です。数字の修正と前提の明文化が必要。このプロジェクトのリーダーは、資料を作り込み、質問を受けた人に任せます」
短い沈黙のあと、視線が私に集まった。
「君が担当だよね、お願いします」
上司は口を開きかけて、閉じた。椅子の背にもたれて、ためらうように肩が動いた。
『担当は君だ』の一言
正式な担当になってから、私は元の試算に戻し、削られた根拠を復活させた。倉庫担当に実地の回転日数を確認し、市場規模は最新の公開値に合わせて再計算。グラフは地味になったが、前提と数字が噛み合うように整えた。
再提案の日、先方の経営陣はページをめくりながらうなずいた。
「前回の疑問が解消しました。実装のロードマップも筋がいい。これで進めましょう」
帰社後、部門長から短いメッセージが届いた。
「丁寧な詰め、よかった」
上司はプロジェクトから外れ、別案件の支援に回った。私と目が合うと、軽く会釈だけする。プライドは傷ついただろう。でも、ここは飾りでは動かない現場だ。
その後
私の机には、再提案後に先方から届いたメモが貼ってある。「式が明快で助かった」。最初に聞きたかったその一言に、ようやく報われた気がした。
上司のことを嫌いになるのは簡単だ。けれど、私が本当に守りたかったのは、チームの信用と、資料に並ぶ数字だった。今日もキーボードをたたく手が、少しだけ軽い。
さいごに
盛った数字は一瞬の見栄えでも、のちの自分を苦しめます。地味でも根拠を積む人が、あとで信頼を得るのだと思いました。
上からの圧に「まあいっか」で流された経験、ありませんか?体裁より仕事の筋。あなたなら、どこでブレーキをかけますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。



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