結婚8年。
夫がリビングで缶ビールを開けるたび、私の仕事の話は「笑い話」になった。
それでも私が黙っていたのは、べつに遠慮していたわけじゃない。ただ、わざわざ言う必要がないと思っていただけだ。
「お前の稼ぎなんて誤差みたいなもんだろ(笑)」
夫・慎一(43歳)は中堅メーカーの営業職で、同期のなかでは早めに課長になった。その自負が、いつの頃からか私への言葉ににじみ出てくるようになった。
「俺がいなかったらこの家、回らないからな」
最初はジョークっぽく言っていたのが、だんだん本気の顔になっていった。
私はフリーランスでコンサルタントをしている。クライアントは主に中小企業で、経営改善や事業戦略を一緒に考える仕事だ。収入は案件によって波があり、夫に言わせれば「安定しないから不安」らしい。
「そんな小さい会社ばっかり相手にして、張り合うなよ。かわいそうだろ、向こうが」
私が新しい案件の話をするたびに、慎一はそうやって苦笑した。
義両親の前でも、臆さずに
決定的だったのは、去年の秋。義実家での食事の席だった。
義父が「最近、仕事はどうだい」と私に聞いてくれた。答えようとしたら、慎一が先に口を開いた。
「まあ、趣味の延長みたいなものですから。うちは俺が稼いでるんで、好きにやらせてあげてるんですよ」
義母がにこにこ笑い、義父も「そうか、それはいいな」と言った。
——好きにやらせてあげてる。
その言葉が、喉の奥に小骨みたいに刺さった。でも私はグラスに口をつけて、黙っていた。
言ったところで、その場が険悪になるだけだ。
それに、もうすぐ「答え」が出る予感があった。
「田端建設と、もう2年お付き合いしています」
その夜から約2か月後のことだった。
慎一と夕食を食べていると、私のスマートフォンが鳴った。画面には「田端常務」と表示されていた。
私がコンサルとして関わっていたクライアント企業の一社が、この春から私を「経営戦略顧問」として正式に迎え入れることを決めていた。
その会社の常務からのお祝いの電話だった。
「先生のおかげで本当に助かりました。来期もどうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
短くやり取りして電話を切ると、慎一がぽかんとした顔で私を見ていた。
「……田端常務って、田端建設の?」
私はお茶を一口飲んでから答えた。
「そう。来期から顧問になるから、連絡くれたみたい」
慎一の顔から、すっと血の気が引いた。
田端建設は、慎一の会社が長年「取引したい」と追いかけている大手だった。営業部として何度アプローチしても門前払いが続いていると、慎一自身が愚痴っていた相手だ。
「……お前、田端と繋がってたの」
「うん。2年前から」
テーブルを挟んで、立場が逆転した
慎一はしばらく黙って、箸を置いた。
「なんで言わなかったんだ」
「言う必要がなかったから」
自分でも驚くくらい、静かにそう言えた。ずっと胸に刺さっていた小骨が、すとんと抜けた気がした。
その後、慎一の上司から慎一に連絡が来た。「田端建設との縁をつないでもらえないか」という打診だった。
慎一は真っ青な顔で私に頭を下げてきた。
私は少し考えて、田端常務に「夫の会社のことを聞いてもらえますか」とだけ伝えた。橋渡しするかどうかは、先方が判断すること。
私にできるのはそこまでだ。
慎一はそれ以来、私の仕事を「趣味の延長」とは呼ばなくなった。義両親の前でも、あの得意げな笑いは消えた。
「俺、ずっとおかしかったな」
ある夜、慎一がぽつりとそう言った。謝罪というより、自分への呆れのような声だった。
「そうだね」
私は短く返して、テレビの画面に目を戻した。
さいごに
「誤差」と笑われながらも、黙って積み上げてきたものがちゃんと現実になって返ってきた出来事でした。
パートナーに仕事を軽く見られて、悔しい思いをしたことはありませんか?
言葉で証明しなくても、積み重ねはいつか正直に姿を現すものかもしれません。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


コメント
妻を小馬鹿にしているモラ夫の会社なんてお勧めできないわ!と言えばよかったのに