ソファから体を起こすだけで、お腹が張る。妊娠後期で、医師からは「横になれるときは横になって」と言われている。
それでも、玄関の鍵が回る音がすると身構えてしまう。夫の帰宅一言目が、だいたい決まっていたからだ。
「一日中ゴロゴロ? 洗濯くらいしろよ」
その日も、夫はスーツの上着を椅子に投げて言った。「一日中ゴロゴロしてただろ? 洗濯回すくらいできるよな」
喉が乾いて水を一口飲み、私は伝えた。「今日は張りが強くて、医師から家事はなるべく控えるようにって」
夫は鼻で笑う。「家にいるだけだろ。俺なんて外回りでクタクタ」
言葉の勢いに押され、私は口をつぐんだ。無理をすると張りが強くなる。赤ちゃんに負担はかけたくない。
「安静=楽?」と決めつける夫
数日、同じ調子が続いた。「昼寝してただけだよな?」「皿くらい洗ってくれたら助かるのに」
私はできる範囲で最低限だけをやることにした。横になる時間を確保し、医師のメモを母子手帳に挟んだ。通院予定はカレンダーに大きく書いた。
ちょうどその頃、夫が言った。「扶養の書類を部で回収しててさ。上司が近くに来るから、帰りに寄るって」
私はキッチンカウンターに、医師の安静指示の紙と、二人分の家事分担表を用意した。けんかしたいわけじゃない。事実を前に、落ち着いて決めたい。それだけだ。
「君、奥さんを支える立場だろう」
夕方、夫の上司が来た。落ち着いた雰囲気の人で、「お体、大丈夫ですか」と目線を合わせてくれた。
夫は、そこでまた言いかけた。「今日も一日家だし、皿くらい——」
私はメモをテーブルに置き、上司にも見えるように差し出した。「産科の先生からの安静指示です。無理をすると張りが強くなってしまって」
上司の表情がきりっと締まる。「そうでしたか」そして夫の方に体を向けた。「君、奥さんを支える立場だろう。いま大事な時期だ。家庭を軽んじる態度を、職場にも持ち込まれたら困る」
夫は言葉に詰まり、視線を落とした。上司は続ける。「次のプロジェクト、君に振る予定だったが、いまのままでは任せられない。チームは連携で動く。家庭での配慮ができないなら、顧客対応も心配だ」
夫の肩がわずかに下がった。
「すみませんでした。分担、見せて」
夫が小さな声で私を見た。「悪かった。そんなつもりじゃ——」
私はカレンダーと分担表を広げた。「来週は検診が2回。私ができるのは朝のごみ出しと、洗濯物を畳むくらい。料理と買い物は週末にまとめて二人で。平日は配達に切り替えるのはどう?」
上司がうなずく。「良い案だね。必要なら在宅の日を作るよう、こちらで調整する。いまは家を最優先に」
夫は深く一つ息を吐いて、「わかった。夕飯は俺が作る。買い物もやる。出張は上司と相談する」と答えた。上司は書類のサインを受け取り、「体調第一で」とだけ言って帰っていった。
「今回は見送る」と通達された夫
翌日、夫は職場で正式に告げられたらしい。「今回は見送る。態度を改めてから」と。
家では、手帳とスマホを持って私の前に座った。「本当にごめん。何もわかってなかった」
食洗機の使い方をメモに取り、食材配達のアプリを入れ、洗濯のタイミングを聞いてくる。私は頷き、「ありがとう。私もダメな日はダメって、はっきり言うようにする」と返した。
その後
それからは、分担表が我が家のルールになった。通院日は家事を夫がフルで担当。私の体調が良い日は、簡単な下ごしらえを一緒にする。
「今日はどう?」と聞く夫に、「無理しないで」と返す余裕も出てきた。小さなやり取りの積み重ねで、暮らしの安心が戻ってきた。
さいごに
近い相手のひと言ほど、弱っている時にはこたえます。今回は上司の一言がきっかけになりましたが、周りの助けを借りる合図は誰でも出せます。
しんどい時は「できない」でいい。頼る方法を少し用意しておくと心強いですね。あなたなら、どんな合図を出しますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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