幼稚園バスが来るまで、ほんの5〜10分。それだけの時間なのに、帰り道はいつも疲れていた。
あの会話のどこかに、どこかチクチクするものが混ざっている気がして。でも長いあいだ、その真相がわからないままでいた。
「旦那さんってなんのお仕事?」
バス停で待つメンバーは親子5組。みんな子どもが同じクラスで、顔を合わせる頻度はかなり高い。
会話は最初、天気や子どもの他愛もない話から始まる。ごく自然に。
でも気づけば、だいたい同じ方向に流れていくのだ。
「ねえ、〇〇ちゃんってもう英語やってるの?」
「習い事、週に何日行ってる?」
「旦那さんってたしか……なんのお仕事だっけ?」
みんな、にこやかな笑顔で聞いてくるから、最初はただの世間話のはずと受け流していた。でも毎回似たような質問が続くうちに、なんとなく気づいてしまった。
——これって、お互いのマウント合戦をしているんじゃないか?
答えるたびに、なぜかモヤッとする
正直、聞かれることに実害があるわけではない。相手に悪意があるわけでもないと思う。
でも「週2で体操とピアノを」と答えたとき、「あ、うちは3つだわ〜」と返ってきた瞬間の、あの空気。
勝ち負けじゃないと頭では思っていても、順位をつけられたような感覚だけが残る。
夫の仕事を聞かれて正直に言ったら、「へえ〜」と少し間があった、あの瞬間。
別に隠すことでも、恥じることでもない。なのに、なぜか言葉を選んでいる自分がいた。
帰り道、「今日も疲れた」と思いながら、バス停から距離を置きたいと思い始めた。
離れようとした朝、ふと気づいてしまった
ある日、少し早めに家を出て、あとから来る他の人に気がつかないふりをして、子どもと静かにバスを待った。
今日はグループの会話に入らずに済んで、「よかった」と思いかけたとき——
——あれ、私も聞いてたな。
思い返せば、私だって「どこの習い事に通わせてる?」と聞いたことがある。「お子さんが行ってる幼児教室って、どんな感じ?」と興味津々で尋ねたこともある。
その場の流れに乗っていたとはいえ、誰かの情報を引き出していたのは、私も同じだった。
「あの人たちが探り合っている」と感じていたけれど、気づいたら私もあの輪の一員だったのかもしれない。
不安だから、確認せずにいられない
少し落ち着いて考えると、あの会話の真相が少しわかってきた気がした。
みんな、不安なんだと思う。「うちの子、このままで大丈夫?」「周りに遅れてない?」——そういう気持ちが、習い事の数を聞く質問になったり、夫の職業を確認する間になったりしているんじゃないか。
私だって、同じ不安を持っていた。だからこそ、あの場の「情報」に引き寄せられていた。
誰かを責める気持ちは、スッと消えた。でも同時に、「この確認作業、私にとって本当に必要かな」とも思った。
バス停の数分間が、少しちがって見えてきた朝だった。
さいごに
「あの人たちが……」と思いながら、実は自分も同じことをしていた。そんな経験、思い当たる方は多いのではないでしょうか。ママ友との会話の疲れは、相手だけのせいじゃないことも、きっとある。自分の中の不安に気づけたとき、少し楽になれるかもしれませんね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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