職場の休憩室は、唯一ホッとできる場所のはずだった。
なのに最近、お昼が近づくたびに、なんとなく気が重くなっている自分がいる。
弁当チェック・テーブル占領・大声電話…「気づいてないだけ」の三連コンボ
お弁当を開けると、ほぼ確実に顔を寄せてくる。
「わあ、卵焼き入ってる。自分で作ったの?」
最初は「気にかけてくれてるのかな」と思った。
でも毎日だ。返事をする前にもう次の感想が来る。「あ、これコンビニのやつ?」「きのうと同じおかずだね」。
——これ、疲れるんですよね。
テーブルの問題もある。
4人がけなのに、彼女が先に来ていると、エコバッグ・スマホ・ペットボトル2本・読みかけの雑誌が半分を陣取っている。
「あ、ごめんね」と言いながら少しだけ寄せてくれるけど、「少しだけ」なのだ。
文句を言うほどのことじゃない。でも毎回ちょっとだけ窮屈で、ちょっとだけ気を使って、ちょっとだけ消耗する。この「ちょっとだけ」が積み重なると、じわじわくる。
そして一番しんどいのが大声電話だ。
「えーっ、マジで!?それでどうなったの!」
スマホを耳に当てたまま入ってきて、こちらがご飯を食べている最中でもお構いなし。
そっと席を立って廊下のベンチに移動する。
——なんで私が出ていくんだろう、と思いながら。
本人は電話が終わったあと、普通に「さっきいた?」と聞いてくる。本当に気づいていないのだ。
「悪い人じゃない」から言えない、言葉にしにくいモヤモヤ
もし明確に意地悪な人だったら、まだ割り切れる。
「あの人は感じが悪い」と決めてしまえば、心の整理がつく。
でも彼女は、困っていれば手を貸してくれるし、新人には丁寧に教えるし、基本的には気のいい人だ。だから「気になる」と言えない。「なんか嫌だ」とも言えない。
「悪意がない人の無神経さ」って、不思議と言葉にしにくい。
モヤモヤの正体がつかみにくくて、なんとなく自分が小さい人間みたいな気がしてきて、余計に消耗する。
一度、別の同僚にそれとなく話したら、「あー、わかる。なんか疲れるよね」とあっさり言われた。
——あ、やっぱり私だけじゃないんだ。
その一言で、ふっと楽になった。「気にしすぎ」じゃなかった。「悪い人じゃないのに消耗する」って、ちゃんと実在する感覚なんだと思えた。
さいごに
「悪意のない無神経さ」は、怒りにもなりきれないぶん、地味に長引くしんどさがあるかもしれませんね。
誰かに「わかる」と言ってもらうだけで、モヤモヤが半分になることもある。
休憩室の憂鬱、あなただけじゃないですよ。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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