引っ越してきた当初、斜め向かいの住人がここまで厄介な人だとは思っていなかった。最初の怒鳴り込みがあってから、我が家の空気はじわじわと変わっていった。
「子どもの声がうるさい、非常識だ!」
最初に怒鳴り込んできたのは、春の昼下がりだった。
小学生の娘と息子が庭で笑いながら遊んでいた、ただそれだけの午後だった。
インターホンが鳴り、ドアを開けると、斜め向かいに住む60代の男性が仁王立ちしていた。どうやら、退職後に地域の自治会や管理組合でやたら顔を利かせている人のようだ。
「子どもの声がうるさい。あれは騒音だ。非常識だ!」
声が大きくて、思わず後ずさりした。娘は縁側から様子をのぞいていて、その表情が一瞬で曇った。
謝って玄関を閉めたあと、胸の中がザワザワとした。——これが、始まりだった。
月に何度も、怒鳴り込みがエスカレートする
一度で終わると思っていたのに、そうはならなかった。
雨の日に子どもが道路を走っていたと言って来る。夕方に料理の音がうるさいと言って来る。宅配便の来る時間が遅いと言って来る。理由は毎回変わり、月に3〜4度は必ず玄関先に現れた。
「お宅は近所迷惑ということがわからないのか」
「管理組合に報告するからな」
インターホンが鳴るたびに、夫は「また来た」と小さくため息をついた。
感情的に言い返しても、火に油を注ぐだけだと思っていた。だから私はその場では深く頭を下げ、ドアを閉めてから手帳を開いた。
——日付、時間、天気、何を言われたか。それだけを、淡々と記録していた。
怒りを記録として残すことで、少しだけ落ち着けた。それに、「記録」という目的ができたことで、不思議と怒鳴り込みが怖くなくなっていった。
玄関を開ける前から怒鳴っているのがわかった日には、対応前にスマートフォンのボイスメモをそっと起動しておいた。相手の怒声ははっきりと録れた。記録は数か月で、ノート丸ごと一冊を埋め尽くすほどになった。
管理組合の総会、静かにページをめくった
年に一度の管理組合定期総会。夫と2人で参加した。
議題の最後に「その他」という項目があり、理事長が「何かご意見や要望のある方はいますか」と言った。
私は手を挙げ、用意していた書類を取り出した。
日付と時間を並べた記録シート、そして何度かあったの音声記録。「この半年間、月に複数回、玄関先で怒声を受けています。記録を持参しましたので、ご確認いただけますか」
理事長が受け取り、ページをめくり始めた。と同時に音声も流した。
会議室が一気に静まり返った。
斜め向かいの男性は、その総会に出席していた。最初は腕を組んで涼しい顔をしていたが、理事長の表情が変わるにつれ、その顔がだんだんと青ざめていった。
「……これは、正式に対応が必要ですね」
理事長がそう言った瞬間、隣に座っていた副理事長も深くうなずいた。
書面が届いた日、男性は来なくなった
総会から2週間後、管理組合から男性に対して書面による注意が届いたとのこと。「特定居住者への繰り返しの訪問・怒声は、管理規約に定める近隣への配慮義務に反する可能性がある」という内容だったと、後に理事長から教えていただいた。
それ以来、斜め向かいの男性が我が家のインターホンを押したことは一度もない。
廊下でたまに顔が合うことがある。目が合うと、男性はサッと視線をそらす。
怒鳴り込まれるたびに感じていた、あのザワザワした緊張感がない。玄関のチャイムが鳴っても、もう身構えなくていい。
娘がまた庭で声を上げて笑っている。その声を聞いても、誰も怒鳴りにこない。それだけのことが、こんなに大きく感じるとは思っていなかった。
さいごに
感情的に言い返さず、ただ静かに記録を続けた積み重ねが、最後に大きな力になったお話でした。理不尽な怒声をぶつけられても、その場で戦わなくていい——そう思えると、少し気持ちが楽になりませんか。近所づきあいでモヤッとしたとき、あなたならどうしますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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