父方の祖母は、昔から「男の子が家を守るんだから」とよく言う人だった。
私が子どもの頃は、「昔の人だから」と聞き流していた。でも、自分に娘が生まれ、その娘が大人の言葉の意味を少しずつ理解するようになってからは、同じ言葉を笑って済ませられなくなった。
「女の子だから」で違うお年玉
毎年のお正月、親族が集まると祖母がお年玉を配る。
娘と、私の弟の息子は同い年だ。その年も二人は祖母からぽち袋を受け取り、少し離れたところで中身を見ていた。
しばらくすると、娘が私のところへ来て小声で聞いた。
「どうして私のほうが少ないの?」
従兄弟がもらった金額をうれしそうに話していたらしい。聞けば、娘がもらった額の倍ほどだった。
年齢は同じ。そこで私は祖母に、「金額が違うのは何か理由があるの?」と聞いた。
祖母は悪びれる様子もなく答えた。
「だって男の子は家を守っていくんだから。女の子はそのうちお嫁に行くでしょう」
私は一瞬、何も言えなかった。
娘は祖母と私の顔を交互に見ている。
以前なら、「そういう考えの人だから」で終わらせていたかもしれない。でも、今回は娘自身が違いに気づいてしまった。
「女の子だから少ない」という言葉を、このまま娘の中に残したくなかった。
「遠いから」は本当の理由?
その頃、娘はピアノを習っていた。
初めての発表会が決まったとき、娘自身が祖母に、「見に来てほしい」と電話した。
祖母は、「ちょっと遠いからねえ」と断った。
会場までは電車で1時間半ほどかかる。高齢の祖母にとって楽な距離ではないので、私は仕方がないと思った。
翌年の発表会にも声をかけたが、返事は同じだった。
それだけなら、特に何も思わなかったかもしれない。
ところが、その少し後、祖母は従兄弟の少年野球の試合を見に出かけた。会場はさらに遠く、私の父に車を出してもらっての移動だった。
もちろん、車なら電車より楽だったのかもしれない。野球のほうが好きだった可能性だってある。
だから、「娘が女の子だから来なかった」と断定することはできない。
それでも、これまでの言葉やお年玉のことが重なっていた私は、どうしても引っかかってしまった。
来られないのではなく、娘の発表会にはそこまでして行こうとは思わなかったのかな。
そんな考えが浮かんだ。
娘のひと言に返事が止まった
ある夜、お風呂上がりに娘が突然聞いた。
「ねえ、ひいばあちゃん、なんで私のピアノは見に来てくれないの?」
まっすぐな疑問だった。
私はすぐに答えられなかった。
「遠いからだよ」とだけ言えば済む。でも、娘は従兄弟の野球には祖母が行ったことを知っている。
かといって、「あなたが女の子だからかもしれない」と言うのも違う。
少し考えてから、私は答えた。
「本当の理由は、お母さんにも分からない。でも、あなたのピアノを楽しみにしてる人はたくさんいるよ」
娘は「そっか」と言って、それ以上は聞かなかった。
でも、その夜、私は自分が子どもだった頃のことを思い出していた。
祖母から「女の子なんだから」と言われたことは何度もある。弟には許されるのに、私には許されなかったこともあった。
私はそれを「昔の人だから」で飲み込んできた。
同じことを、娘にもさせる必要はない。
そう思った。
祖母にひとつだけ伝えた
次に祖母と会ったとき、私は娘のいないところで話をした。
「ひとつお願いがあるんだけど」
祖母は不思議そうにこちらを見た。
「お年玉をいくら渡すかまで、私が決めるつもりはないよ。でも、『女の子だから少なくていい』って娘の前で言うのはやめてほしい」
祖母はすぐに、「でも昔からそういうものでしょう」と返した。
「おばあちゃんがそう思っていることは分かった。でも、私は娘に『女だから価値が低い』みたいに受け取ってほしくないの」
「そんな意味じゃないわよ」
「そういうつもりじゃなくても、娘はもう違いに気づいてるよ」
私はそこで一度言葉を切った。
「もしこれからも、男の子と女の子だからという理由で露骨に差をつけるなら、うちはお年玉を受け取らなくてもいいと思ってる」
祖母は少し不満そうな顔をした。
その場で考えを変えたわけではなかった。
でも、私はそれ以上説得しようとは思わなかった。
祖母の価値観を変えることと、娘をその価値観から守ることは別だからだ。
変える相手を間違えないことにした
それからも祖母は、従兄弟の野球の話を楽しそうにすることがある。
娘のピアノについて、同じ熱量で興味を持つようになったわけでもない。
私はもう、そのたびに祖母を変えようとは思わなくなった。
代わりに、娘が発表会を終えた日は、家族で録画を見返す。
娘が「ここ、むずかしかったんだよ」と話せば、「でも最後まで弾けたね」と返す。失敗したところも、うまくいったところも、一緒に見る。
祖母が来るかどうかで、娘の頑張りの価値が変わるわけではない。
そして、もし娘がまた、
「どうして私だけ違うの?」
と聞くことがあったら、ごまかさずに話そうと思っている。
「あなたが悪いわけじゃない。大人にも、昔からの考え方をなかなか変えられない人がいる。でも、お母さんはあなたを男の子と女の子で比べたりしないよ」
そう伝えたい。
手放したのは、祖母への期待だけではない。
祖母の機嫌を損ねないために、私が黙っていなければならないという思い込みも手放した。
祖母を変えられなくても、娘の前で何を許すかは私が決められる。
今は、それでいいと思っている。
さいごに
「女の子だから」「男の子だから」という言葉を、大人は深く考えずに使うことがあります。
でも、子どもは大人が思っている以上に、扱いの違いをよく見ています。
昔からの価値観を持つ人を完全に変えるのは難しくても、「この言い方は子どもの前ではやめてほしい」と線を引くことはできます。
身近な大人が、性別を理由にわが子への扱いを変えていたら、あなたならどこで線を引きますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


コメント