子どもが同じ習い事教室に通うようになって、自然とグループができた。
最初は和気あいあいとしていたはずなのに、いつからか「あの人の顔色を見てから動く」空気になっていた。
「私が取りまとめてあげてるんだから♡」
リーダー格は、同じ教室に通うカナエさん(仮名)。
40代の専業主婦で、グループで一番長いキャリアを持ち、教室との窓口も自ら引き受けていた。
最初は頼もしかった。集金の計算、先生へのまとめ連絡、送迎の調整——確かに手間のかかる仕事を一手に引き受けてくれていた。
でも少しずつ、違和感が積み重なっていった。
毎月の集金額が、なぜか教室の公式月謝より少し高い。
「諸経費込みよ」とカナエさんは言うけれど、明細は一度も見せてもらえない。「細かいこと気にしすぎ」と苦笑いで流される。
送迎の分担も、気づけばカナエさんが決めたルールに全員が従う形になっていた。
「私が一番動いてるんだから、みんなで負担してね」——そう言われると、誰も何も言えなくなった。
「文句があるなら、抜けていいのよ?」
ある日、思い切って「月謝の内訳を教えてほしい」とLINEでお願いしてみた。
グループではなく、個別のトークで。できるだけ角が立たないように、柔らかい言い方で。
返ってきたのは翌朝、グループLINEへの一斉投稿だった。
「最近、集金に細かいことを言ってくる人がいるみたい。私は皆のために無償でやってるのに、信用されないなら正直つらい。集金額は私が決める、文句があるなら抜けていいのよ」
——名指しではない。でも全員、誰のことかわかる。
既読がついて、スタンプが流れていく。「カナエさんのおかげで助かってます」「いつもありがとうございます」。
胃が、すうっと冷えた。グループの外側にひとり取り残されたような感覚。私だけが、その流れに乗れなかった。
教室に電話した、たった15分で判明したこと
その夜、子どもが寝てから、私は教室に電話した。
「毎月の月謝の内訳と、教材費・その他費用の明細を確認したいのですが」と伝えると、担当の先生はあっさり「もちろんです」と言って、翌日メールで送ってくれた。
数字を見て、息をのんだ。
月謝本体、教材費、年間行事費——全部合算しても、私たちが毎月カナエさんに渡していた金額より、ひとり当たり月に千数百円安かった。
グループは5人。それが1年以上続いていた計算になる。
感情的になってはいけない、と思った。怒りをぶつけても何も変わらない。私にできることは、ただ「事実を示す」だけだ。
公式明細を、静かにLINEへ貼った日
翌日の昼、私はグループLINEに教室から届いたメールのスクリーンショットを貼った。
コメントは一行だけ。「教室に確認したところ、公式の明細はこちらでした。参考までに共有します」
送信ボタンを押した手が、少し震えた。
既読が増えていく。誰もすぐには何も言わなかった。
しばらくして、カナエさんから返信が来た。「交通費とか諸経費を上乗せしてたの、言い忘れてた。ごめんなさい」
でも次の人が「その諸経費の内訳は?」と聞いた。
またしばらく沈黙。「細かく出すのが難しくて……」
別の人が「毎月いくら余ってたの?」と続けた。
カナエさんのメッセージは、それ以降、どんどん短くなっていった。
カナエさんが「降りた」日
結局、カナエさんは「体調が優れない」という理由で集金と取りまとめの役を降りた。
差額については「みんなに返す」と申し出があり、その後静かに精算された。
あの「集金額は私が決める♡」のひと言が、嘘のように静かな幕引きだった。
グループに戻ってきた、穏やかな空気
以降は、教室への支払いは各自が直接行うようにした。
グループLINEはしばらくぎこちなかったけれど、今は子どもたちの話題だけが流れる場所に戻っている。
カナエさんは今もグループに残っているが、発言は減った。誰かが困っていれば普通に助け合っているし、変に遠ざけようとも思っていない。
ただ、「あの空気にもう戻りたくない」とだけ、静かに思っている。
さいごに
「取りまとめてあげている」という善意の顔をした支配は、ママ友グループの中でこっそり育ちやすいものかもしれません。
怒鳴らず、責めず、ただ「事実」を静かに示しただけで状況が動いたこの話、胸に刺さった方もいるのではないでしょうか。
グループの中で「なんか変だけど言えない」とひとりで抱えてきた経験、あなたにもありませんか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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