出張帰りの新幹線で、隣に座ってきたのは四十代くらいの男性と、その連れらしい女性だった。二人が座った瞬間から、なんとなく様子がおかしいのには気づいていた。
小声の会話が、聞こえてしまう
イヤホンを忘れたせいで、私はずっと二人の会話を聞くはめになった。
肩を寄せ合って、小声で笑い合う二人。「次はいつ会える?」「うちの奥さんにバレてない?」というような言葉が、途切れ途切れに耳に入ってくる。
男性は特に悪びれる様子もなく「出張って言ってあるから平気」と笑っていた。女性もそれに合わせて、軽く笑い返していた。
私は聞こえていないふりをして、スマホの画面をずっと見ていた。
転がったキーホルダー
名古屋を過ぎたあたりで、男性が荷物棚から鞄を下ろした拍子に、中身が少しこぼれた。
座席の足元まで転がってきたのは、子ども向けアニメのキャラクターがついたキーホルダーだった。
正直、ここで初めて「この人、お子さんがいるんだ」と実感した。
でも私が驚いたのは、女性の対応だった。表情ひとつ変えずにそれを拾い上げると、「お子さんのお土産ですか?かわいいですね」と、ごく自然に男性へ手渡したのだ。
一度も見たことがないはずのキーホルダーに、驚いた顔も見せない。まるで、男性に子どもがいることも、何度も聞かされて知っていたような言い方だった。
子どもがいることも、妻がいることも、全部分かった上で、この関係を続けている。そう分かってしまって、私はスマホを持つ手を一度止めた。
何も言えないまま、見送った
私にできることなんて、何もなかった。
男性の名字も、連絡先も分からない。奥さんに知らせたくても、知らせる手段がない。
二人は何事もなかったように会話を続け、私の降りる一つ前の駅で、仲良く荷物を持って降りていった。ホームを歩いていく後ろ姿を、窓越しに最後まで目で追ってしまった。
自分の駅で降りて改札を抜けてからも、あのキーホルダーのことが頭から離れなかった。
あの子は、お父さんからお土産を受け取るとき、どんな顔をしたんだろう。そんなことばかり考えながら、私は家までの道を歩いた。
さいごに
赤の他人の不倫を見てしまっても、できることはほとんどありません。声をかける勇気もないし、知らせる手段もない。それでも、見てしまった側の心には、しばらく重いものが残ります。あなたなら、あの新幹線の席で、どんな気持ちで窓の外を見ていたでしょうか。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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