玄関のすりガラス越しに、人影が見えた。
その日は義父母の家で、親族が集まって昼食をとる予定だった。私と夫は少し早めに着き、料理を並べるのを手伝っていた。
チャイムが鳴り、玄関へ向かう。そこにいたのは、姪を連れた義姉だった。
「おはよう」義姉はいつも通りの調子だった。
でも、姪は母親の腕に寄りかかり、いつもより明らかに元気がない。
私は思わず聞いた。「どうしたの? 眠い?」
すると義姉が、軽い調子で答えた。
「朝ちょっと吐いたの。でも今は大丈夫」
私は玄関で動きを止めた。
「朝ちょっと吐いただけだから」
「吐いたって、今日?」
「うん。でも一回だけ。熱もないし、車ではずっと寝てたから」
義姉はそう言いながら、姪の靴を脱がせようとした。
姪は私を見ると、小さな声で「おなか、ちょっと変」と言った。
私は義姉に聞いた。
「病院は行ったの?」
「朝、小児科には行ったよ」
それを聞いて少し安心しかけた。
でも、次の言葉が引っかかった。
「薬ももらったし、たぶんすぐ治るって」
「先生には、今日は普通に出かけてもいいって言われたの?」
そう尋ねると、義姉は一瞬だけ黙った。
「家で休ませてって言われたけど」
「まあ……今日は家でゆっくりしてくださいとは言われたけど」
私は義姉の顔を見た。
「じゃあ、今日は帰ったほうがよくない?」
すると義姉は困ったように笑った。
「でも、せっかくみんな集まるっていうし。この子もおばあちゃんたちに会いたがってたから」
その後、少し声を落として続けた。
「それに、あとでちょっと買い物にも行きたくて。ここで横にならせてもらえればいいかなって」
そこでようやく、私にも状況が分かった。
義父母の家で姪を休ませ、その間に買い物へ行くつもりだったらしい。
悪気があるわけではないのだと思う。
朝から子どもを病院へ連れて行き、予定もあり、自分の用事もある。「一度吐いただけなら大丈夫」と考えたくなったのかもしれない。
それでも、胃腸の症状がある子どもを親族の集まりに連れてくるのは話が別だ。
「胃腸炎かもしれないって言われた?」
「病院では、原因は何て?」
私が聞くと、義姉は答えた。
「胃腸炎っぽいかもしれないって。でも、まだ分からないって」
義母も玄関まで出てきた。
「それなら今日は帰って休ませたほうがいいんじゃない?」
義姉はまだ迷っている様子だった。
「でも、もうここまで来ちゃったし……」
すると義父が、奥から静かに言った。
「来たことはもういいよ。でも、先生に家で休ませるよう言われたなら、今日はそうしよう」
責めるような口調ではなかった。
「本人もしんどそうだし、ほかの人にうつる可能性もあるんだろう。今日は集まりをやめればいい」
義母もうなずいた。
「また元気になった日に集まればいいよ」
その言葉で、義姉もようやく「そうだね」と答えた。
集まりはその場で中止にした
その日は、ほかの親族も来る予定だった。
夫と義母がそれぞれ連絡し、
「子どもの体調が悪いので、今日は延期します」
と伝えた。
理由を細かく説明する必要はなかった。
義姉には、
「帰ってからまた吐いたり、ぐったりするようなら、病院にもう一度相談したほうがいいと思う」
とだけ伝えた。
義姉も、「うん、そうする」と答えた。
私は家にあった袋とタオルを車で使えるよう渡した。
姪に「今日はゆっくり休んでね」と声をかけると、小さくうなずいた。
帰り際、義姉がぽつりと言った。
「ごめん。せっかく準備してたのに」
義母は、
「そんなのはいいから。早く帰ってあげて」
と返した。
そのまま義姉と姪は帰っていった。
「来ちゃったから」で無理をしない
その日の夜、義父が家族のグループチャットにメッセージを送った。
「今後、発熱や嘔吐、下痢などがあるときは無理して集まらないことにしよう。病院で外出を控えるよう言われたときも同じ。迷ったら来る前に相談で」
かなり普通の内容だった。
でも、これまでは誰もわざわざ決めていなかった。
義母が、
「予定はいつでも変えられるから、体調優先で」
と返した。
私も「それがいいと思います」と送った。
大げさな決まりではない。
「せっかく予定を合わせたから」
「もうここまで来たから」
という理由で、無理をしない。
それだけだった。
数日後、義姉から連絡が来た
数日後、義姉からメッセージが来た。
姪はその後もう一度吐いたものの、家で休み、数日で元気になったという。
最後に、
「この前はごめん。朝から病院行ったりしてバタバタしてて、一回しか吐いてないから大丈夫って思いたかったんだと思う」
と書かれていた。私は、
「元気になってよかった。次から迷ったら来る前に連絡しよう」
と返した。義姉からは、
「そうする」とだけ返ってきた。
次の集まりでは
次に家族で集まったとき、姪はいつものように元気だった。
玄関を入るなり私のところへ来て、
「今日、おなか痛くないよ」と言った。
思わず笑ってしまった。
「それならよかった」
その日は特別なこともなく、みんなで食事をした。
前回のことを責める人もいなかった。
ただ、集まる前には自然に、
「みんな体調大丈夫?」
と確認するようになった。
あの日のことで一番よかったのは、義姉を責めたことではない。
体調が悪いときには、「予定していたから」「せっかく来たから」で押し切らなくていい、と家族の中で共通認識ができたことだった。
さいごに
子どもが少し体調を崩したとき、「これくらいなら大丈夫かな」と迷うことはあると思います。
でも、受診先から休むよう言われていたり、嘔吐や下痢など感染症の可能性がある症状が出ていたりする場合は、予定より体調を優先したほうが安心です。
せっかく予定を立てたからと無理をするより、「今日はやめておこう」と言いやすい関係のほうが、家族みんなにとって気楽なのかもしれません。
親族の集まりの日に子どもが体調を崩したら、あなたならどの時点で予定を変更しますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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