夫と結婚して3年。ようやく「そろそろ家を買おうか」という話が現実味を帯びてきた頃、思いがけない再会が私たちの背中を押すことになった——まさか、あんな形で。
「共働きでその年収帯、都心は正直キツいですよ(笑)」
その日は夫婦で都内の住宅展示場を訪れていた。お目当ては、駅から徒歩7分の新築マンション。私たちは二人とも都内勤務で、通勤時間を削りたいという気持ちが強かった。
会場の入り口で、見覚えのある顔が近づいてきた。
「あれ、もしかして……? うわ、久しぶり! 今日お客さんで来てるの?」
大学の同級生、田辺くんだった。卒業後に不動産会社へ就職したとは聞いていたが、まさかここで会うとは。
軽い近況報告のあと、私たちが検討している物件の話になった。田辺くんはにこやかなまま、少し声を落としてこう言った。
「でもさ、正直に言うと……共働きでその年収帯だと、都心の物件はキツいよ? 無理じゃないけど、毎月のローンがかなり重くなるし。もっと郊外で探した方がいいんじゃないかなあ(笑)」
笑いながら言う。それが余計にじわじわと刺さった。
田辺くんに私たちの年収なんて教えていないはずだ。それなのに「その年収帯」と決めうつような言い方は、まるでこちらの家計をすべて把握しているかのようだった。
夫がちらっと私を見た。私も夫を見た。どちらも何も言わなかった。
会場の奥で、別のスタッフが声をかけてきた
モヤモヤを抱えたまま会場の奥へ進むと、別のスタッフが声をかけてくれた。丁寧で落ち着いた話し方の、40代くらいの女性だった。女性の名前は須藤さん。
須藤さんに案内してもらいながら、夫と私は少しずつ本音を話した。実は私たちは二人とも管理職手前のポジションで、今期からそれぞれ昇給があった。夫は副業でコツコツ積み上げた収益もある。頭金もある程度準備していた。
須藤さんはひととおり聞いたあと、静かにうなずいた。
「十分、選択肢がありますよ」
その言葉が、妙にすんなり入ってきた。
物件を内覧し、ローンのシミュレーションを出してもらった。数字を見ると、思っていたより現実的だった。夫と目が合う。
「……どうする?」
「買う」
即決だった。
「え……あの物件、もう決まったんですか?」
契約日は一週間後。須藤さんのサポートのもと、私たちは粛々と書類を確認し、ペンを走らせた。
手続きが終わりかけたとき、会場の端から田辺くんが歩いてきた。須藤さんに何か耳打ちして、それから私たちを見て——固まった。
「え……あの物件、もう決まったんですか?」
須藤さんが穏やかに答えた。
「はい。今日ご契約いただきました」
田辺くんの顔から、あの余裕の笑みが消えた。
後から知ったのだが、あの展示会場では本来、「最初に声をかけたスタッフが実績を獲得する」というルールがあったらしい。口で私たちを「見込みなし」と切り捨てて他へ行った田辺くんだったが、私たちが須藤さんと契約を結んだ途端、「最初に声をかけたのは自分だ」と実績を横取りしようと揉め始めたそうだ。だが、途中で接客を放棄した証拠を突きつけられ、結局実績はすべて須藤さんのものに。
「あんなに焦った田辺くん、久しぶりに見ましたよ」と、後日須藤さんは苦笑いしながら教えてくれた。
私たちは何も言い返さなかった。ただ、須藤さんに担当してもらって、書類にサインしただけだ。
「笑ってた人が、一番損をした」
あの日、田辺くんに何か言い返すことは簡単だったと思う。でも夫は「反論するより、買った方が早い」と言っていた。
その通りだった。
新居に引っ越して数か月が経つ。駅まで7分、職場まで30分を切った。夫婦の時間が増えた。朝がゆっくりになった。
田辺くんとはそれきり連絡を取っていない。こちらから連絡を取る必要も、特に感じていない。
「あの一言がなかったら、もう少し悩んでたかもね」と夫がふと言った。
……そうかもしれない。ある意味、背中を押してくれたのかもしれない——笑いながら見下してきた、あの言葉が。
さいごに
相手のことを何も知らないまま「無理でしょ」と決めつける言葉は、ときに静かな決意の火種になる。言い返すより行動で黙らせる——この夫婦の選択、なんだかスッとしませんか。誰かに決めつけられて逆に燃えた、そんな経験がある方も多いのではないでしょうか。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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