結婚5年の30代会社員の私。夫の帰宅は遅い日が続き、共同貯金も目に見えて減っていた。
テーブルにはレシートが積まれ、話しかけても夫はスマホをいじったまま。家の中にはなんとなくざわつきがあった。
「送ってっただけ」の言い訳
ある夜、ワイシャツのポケットから甘い香りがした。
「同僚、終電逃してさ。送ってっただけ」
そう笑う夫の横で、私の手元には見たことのない店名の伝票が何枚も重なっていた。
共同貯金の通帳を開くと、月末にまとまった引き出し。理由を聞けば「交際費」「接待」と言葉を替えるだけ。
生活費は毎月きちんと渡しているのに、家の細々した買い物は私のカードで支払い、夫の財布はいつも軽い。
スマホの通知に、見覚えのない女の名前。ロック解除番号を新しくして、画面を伏せて置く癖まで加わった。
私は「話し合おう」と提案したが、夫は「大げさ」「疑うのか」と笑って、向き合おうとしなかった。
「共同貯金、使っといた」
翌月、通帳の金額がまた減った。理由を聞くと、夫は肩をすくめた。
「少し投資に回した。増えたら戻すって」
共同の名義だよ、と言っても「俺の稼ぎの分だろ」と不機嫌になる。
私は口論をやめ、家計の流れを書き出した。家の契約や光熱費、夫のスマホが私の名義にぶら下がっているところも洗い直す。私が払えば、そのまま私の負担になる。
念のため、法テラス経由で弁護士の無料相談を予約。通帳の記録やレシートは、封筒にまとめておいた。
決定打は、彼の上着ポケットから出てきたメモ。女の名前とハートマーク、時間と店名。問い詰めると「同僚だって。お前、重いよ」とため息。
私は「別れる準備をするね」と言った。夫は「大げさ」と笑ったが、その数日後から本当に家を空ける日が増えた。
真夜中の「迎えに来て」
離婚は、あっけなかった。弁護士同席で1回だけ話し合いをして、共同貯金の残りは半分ずつ。名義の整理もその場で段取りを決めた。私は夫のスマホを家族プランから外し、公共料金の引き落としも切り替えた。
離婚から3日後の深夜、知らない番号から着信が来た。
「たのむ、迎えに来て…今、外。鍵も財布もない。あいつに追い出された」
しゃがれた声は、泣き笑いみたいな感じがした。
「お前んとこ、行っていい? 今日だけでいいから」
私はスマホを持ち替えた。
「来ないで。もう他人だよ。泊めない」
「じゃあ、風呂だけでいいから」
「連絡は弁護士にお願いします。個人の連絡はやめて」
沈黙のあと、彼は「冷たいな」と小さく言って切った。
「同居は無理。窓口は一つ」
翌朝、同じ番号からメッセージが入った。
「今の部屋、もう無理。滞納って言われた。しばらく、お前んとこで…」
私は一文だけ返した。
「もしきても荷物は受け取らない。生活の相談は弁護士へ」
その足で、元夫の実家宛で段ボールを作った。スーツ、書類、趣味のもの。預かっていた保険証や合鍵は封筒に入れ、受領印が残る形で送る手配をする。
夫のスマホは、私の名義から外した翌日に止まっていたらしい。会社に連絡できず、同僚の携帯から私の番号を探してかけてきたと、後で人づてに聞いた。
「カード止まっててさ…」
そこからは、私がいなくても勝手に物事が進んでいった。
元夫は給与の振込口座を変えておらず、家賃の引き落とし日に残高が足りない。水道の督促状、カードの支払い遅延。夜になると「カード止まっててさ…」「給料日、ズレてて」と短い連絡がいくつも入った。
私の返事はいつも一緒だ。
「連絡は弁護士へ」
ほどなく、同僚への借金が発覚して、勤め先からも解雇されたと風の便りで知った。外泊や夜の呼び出しで前から注意されていたことも、ついでに明らかになったらしい。
助け舟を出していたのは、結局私だった。家計の不足を私名義のカードで埋め、各種の支払いを私が回していたから、表面上は何も起きなかっただけ。
それが途切れた途端、彼の生活は止まった。
その後
私の暮らしは落ち着いた。通帳に並ぶのは、自分の給料と家賃、光熱費だけ。レシートを足しても、見知らぬ店は出てこない。
夜に鳴る電話は、もうない。仕事帰りにスーパーへ寄り、野菜を切って鍋に入れる。洗濯機を回して、乾いたタオルをたたむ。
元夫から最後に届いたのは「悪かった」という短い文だけだった。私は返さなかった。返すべきものは、全部、箱に入れて送り出した。
さいごに
連絡先を一つに絞り、私情で動かさなかったのが効きました。支えを外すと、誰が何を背負っていたかがはっきりします。
「助けて」の言葉に心が揺れること、ありますよね。けれど自分の暮らしを守る決めごとは、自分で決めるしかありません。あなたなら、どこで止めますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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