私「今週も顔出すね」母「今日は来ないで」→通い詰めて気づいた、ちょうどいい距離

       
体験談
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私「今週も顔出すね」母「今日は来ないで」→通い詰めて気づいた、ちょうどいい距離 体験談

玄関の扉を開けるたび、子どもの靴音がコツコツ鳴るのが好きだった。
「おばあちゃーん!」と突進していく小さな背中。
孫を見せるのが、いちばんの親孝行だと本気で思っていた。

「今日は来ないで」と母から

いつものように「今週も顔出すね」とメッセージを送ったら、返ってきたのは一行だけ。
「今日は来ないで」
私は戸惑って、すぐに電話をかけた。
「え、どうしたの?」
受話口の向こうで、母が小さく息をつく。
「今日は疲れててね。午後は友だちと約束もあるの。ゆっくりしたいのよ」

毎週の恒例と思っていた私の通いが、母の予定を押していたのかもしれない。そこでやっと考えが止まった。

長居・無断・丸投げ…私の当たり前

思い返すと、毎回お昼をまたいで長居。
「お昼、何かある?」と直前に聞いて、結局は母の冷蔵庫に頼ることも多かった。
子どもがぐずると「ちょっと見てて」と頼み、私はトイレやスマホで一息。
昼寝の時間がずれて、夕方にぐったりした子を抱え、洗い物を残して慌てて帰ることもあった。

母はいつも笑ってくれていた。でも、その裏で段取りや体力を使わせていたことに、私は気づいていなかった。

親孝行の押しつけは逆効果

電話の向こうで少し黙った母の声を聞いて、私はやりすぎていたと気づいた。
「わかった、今日は行かない。ごめん。今度は予定合わせよう」
そう伝えて電話を切り、息を吐いた。

それからは、事前に日程を相談して短時間に切り替えた。
おやつと紙皿を持参し、帰り時間にはタイマーを設定。
行けない週は、写真や動画を送る。
「今日はこの積み木がブームでした」
すると、すぐに「かわいいね」「また見せてね」と返ってくるようになった。

義務にしないと決めたら、会えた日は前よりよく話せた。
玄関で靴を履いていると、母が「今日は助かったわ」と小さく言った。
段取りまで含めて考えると、同じ時間でも喜んでもらえるんだと思った。

「また来てね」を待てるように

次に会った日、母が自分の趣味の作品を見せてくれた。
「この時間がないとね、私もしぼんじゃうのよ」
その言葉で、やっと腑に落ちた。親にも親の生活がある。
私が良かれと思って乗り込み、場所を広げすぎていたんだ。

今は、私たちの都合と、母の都合を聞いて、お互いの予定が合う日だけを選ぶ。
「また来てね」という一言を、ちゃんと待てるようになった。

さいごに

孫を見せるのはうれしいこと。でも続けるには、相手の都合を確かめるひと呼吸がいるのかもしれませんね。
つい張り切りすぎる気持ち、ありますよね。あなたなら、どんな距離感が心地いいと感じますか?

※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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