父の兄にあたる伯父は、根っからの悪人ではない。それが余計に、ずっと苦しかった。
正月もお盆も、集まるたびに「心配している」という顔で飛んでくる言葉を、私はいつも笑顔で受け止めてきた。
でも、あるお盆の帰り道、助手席でこっそり泣いて、やっと気がついた。
——善意でも、傷ついていい。
「そんな会社で将来大丈夫か」が、毎回の挨拶がわりに
伯父は父の一番上の兄で、もう70代。
定年後は親族の集まりを何より楽しみにしていて、「家族のことを一番わかっている」という自負が言葉のあちこちににじんでいる。
私が30代のころから始まったのが、仕事への「ご心配」だ。
「中小企業か。安定してるのか?」
「夫くんの年収はいくらくらいなんだ、老後の計画は立ててるか」
悪気はない。本当に心配しているのだと思う。
でも、おせちを囲みながら年収を聞かれる居心地の悪さを、伯父はたぶん想像したことがない。
「その育て方じゃ、子どもが潰れるぞ」
子どもが生まれてからは、矛先が育児にも向くようになった。
「公立でいいのか、最近は中学受験が当たり前だぞ」
「習い事が多すぎる。そんなに詰め込んだら子どもがかわいそうだ」
特にこの「かわいそう」という言葉が、じわじわと効いた。
夫と話し合って決めたこと、子どもの意思を確かめながら選んだこと、全部をひっくり返されるような感覚。
でも伯父はにこにこしていて、周りの親族もなんとなく「ご意見を聞いている」という空気になる。
反論しようとしたことが一度だけある。「私たちなりに考えて決めています」と、できるだけ穏やかに言った。
返ってきたのは、「わかってる、お前のためを思って言ってるんだ」の一言だった。
その場の空気が、ふわっと私に謝罪を求めてくる感じがした。結局「すみません、参考にします」と口から出ていた。
帰り道の車の中で、泣いた
あるお盆の集まり。「習い事、そんなに多いと潰れるぞ」のひと言が出た瞬間、なぜかいつもより胸に刺さった。
笑顔を保ったまま、その日をやり過ごした。
高速に乗って実家から遠ざかるにつれ、目の奥がじんとしてきた。夫が気づいて「大丈夫?」と聞いてくれて、そこで初めて、声を殺して泣いた。
なんで泣いているのか、うまく説明できなかった。ただ「ずっと我慢してたんだ」ということだけは、泣きながらわかった。
悪い人じゃない。でも傷ついた。この二つは、同時に本当のことだった。
「善意」は免罪符にならない、と自分に言い聞かせた
あの帰り道から、少しだけ自分への見方が変わった。
相手に悪意がなければ傷ついてはいけない、なんてルールはどこにもない。笑顔で受け流せなかった自分を責めなくていい。
次の集まりでも、伯父はきっと同じように「心配」してくれる。完全にかわすことはできないと思う。
でも今は、帰り道に泣くことを「弱さ」だと思わなくなった。
泣けたから、また行ける気がする。——そう思えるようになっただけで、少し楽になった。
さいごに
善意から来る言葉ほど、「傷ついた」と言い出しにくい。そのもどかしさが、この話の一番つらいところかもしれません。
帰省が近づくと、なんとなく気が重くなる——そんな経験、あなたにもありませんか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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