3年間、髪を切るたびに少しだけ気分が上がっていた。
それが単なる「行きつけの美容室の居心地の良さ」だと思っていたのは、私が都合よく目を閉じていただけだったのかもしれない。
「今度ご飯でも行きません?♪」が、毎回のセリフだった
担当スタイリストの彼(仮に”Kさん”とする)は、30代前半の物腰の柔らかい男性だった。
初めて指名したのは3年前。友人に「センスがいい」と勧められて予約を入れたのがきっかけだ。
カットしながら他愛もない話をして、シャンプーのあいだに映画の話をして、仕上げのあとに「今度ご飯でも行きません?」と笑顔で言う。それが毎回のお決まりになっていた。
最初は社交辞令だと流していた。でも3回、4回と続くうちに、私は少しずつ「もしかして本気なのかな」と思い始めていた。
——今思えば、あの頃の自分を叱ってやりたい。
連絡先を交換して、「特別扱いされている」感覚が育っていた
半年ほど前、KさんからLINEを交換しようと言われた。
「次の予約、直接連絡してもらえると助かるんですよね」という言い方で、別に不自然でもなかった。美容師さんがお客さんと連絡先を交換すること自体は珍しくない。
でも、その後のやり取りは予約確認だけじゃなかった。
「今日お疲れではなかったですか」
「おすすめした映画、見ましたよ」
「次回楽しみにしています」
——こういうメッセージが、ぽつぽつと届くようになった。
私はそのたびに少し笑って、少し返信を考えて、少し期待してしまっていた。
恋愛感情というほどではないにしても、「特別扱いされているかもしれない」という感覚は確かにあった。
ある夜、見知らぬ女性から届いたDM——「夫と連絡を取り合っているようですが」
それが崩れたのは、先月の夜のことだ。
インスタグラムに、見覚えのないアカウントからDMが届いた。
アイコンは女性で、プロフィールには「2児の母」とだけ書かれていた。
「突然すみません。夫と連絡を取り合っているようなのですが、やめていただけますか」
最初、何のことかわからなかった。
次の行に、スクリーンショットが添付されていた。KさんのLINEのアイコン、私とのやり取りの画面が、そこに写っていた。
——既婚者だったのか。
頭が真っ白になった。怒りなのか、恥ずかしさなのか、自分でもよくわからない感情が胸の中でぐるぐると渦巻いた。
奥さんは冷静な文章で、「夫は以前もお客さんと同じようなことがあった」と書いていた。私だけじゃないらしかった。
感情より先に、証拠を静かに積み上げた
翌朝、私はそのDMのやり取りのスクリーンショットを撮った。
KさんとのLINEの履歴も保存した。感情的になってはいけないと思った。怒鳴り込むより、静かに事実を提示するほうが確実だと頭のどこかが判断していた。
美容室のホームページに載っていたオーナー宛の問い合わせフォームに、淡々と状況を書いた。
「担当スタイリストより個人的な連絡を継続的にいただいていたこと、その後奥様よりDMが届いたこと」を、感情を挟まずに時系列で記した。スクリーンショットは添付した。
「店舗としての対応が必要と判断された場合はご連絡いただけますと幸いです」と締めて、送信した。
返信は翌日来た。
「このたびはご不快をおかけし、誠に申し訳ございません。事実確認のうえ、適切に対応いたします」という短い文面だった。
Kさんはフロアから消え、スタッフ紹介ページも消えた
その週末、別の用件で近くを通ったとき、何となく店の前を通り過ぎた。
ガラス越しに見えるスタイリストたちの中に、Kさんの姿はなかった。
偶然かもしれない。公休かもしれない。でもその後、店のSNSを確認すると、Kさんのスタッフ紹介ページがひっそりと消えていた。
何が起きたかは知らない。知ろうとも思わなかった。
その後——別の店で、静かに自分のペースを取り戻した
私はその美容室には戻っていない。別の店を探して、今は静かに自分のペースで通っている。
髪を切るたびに少しだけ気分が上がる感覚は、今の担当さんとの間にもある。でも今度は、それが「居心地の良さ」だとちゃんとわかっている。
あの夜動揺したまま感情的に動かなかったこと——それだけは、後悔していない。
さいごに
「プロとしての親切」と「異性としての好意」は、受け取る側にはなかなか見分けがつかないものです。でも、そこに隠し事が絡んでいたなら、静かに事実だけを届けることが、自分を一番守ってくれるのかもしれませんね。同じようなモヤモヤを抱えたことがある人に、少しでも届いたら嬉しいです。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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