リフォームが終わりに近づいた、あの夕方のことは今でも鮮明に覚えている。ようやく理想のキッチンが形になりつつあると思っていた矢先、営業担当の口から出た言葉が、そのすべてを一変させた。
「これ、追加でいただかないと進められないんですよ」
工事の完了予定日まで残り数日というタイミングだった。
担当の吉田さんは50代のベテラン営業で、打ち合わせのたびに「おまかせください」「うちはこの地域で30年の実績がありますから」と自信たっぷりに語る人だった。
その吉田さんが、現場監督と連れ立って私の家を訪ね、こう切り出した。
「壁の下地の状態が想定より悪くて。追加で補強が必要になりました。費用は8万円ほどになります」
金額より、タイミングがおかしかった。——なぜ今?
「口頭で、ご説明しましたよね?」
驚いて「そんな話は聞いていません」と伝えると、吉田さんは少し間を置いてから、こう言った。
「いえ、先月の打ち合わせのときに、下地次第では追加が発生するかもと申し上げました。口頭でご説明しましたよね?」
記憶にない。
打ち合わせのたびにメモを取る習慣があったので、その場でノートを確認した。そんな発言の記録はどこにもなかった。
「書面にはどこにも書かれていませんし、私のメモにも残っていません」と伝えると、吉田さんは「いやあ、口頭での合意というのも立派な契約ですから」と、押してきた。
胃がぎゅっとなる感覚があった。でも、ここで声を荒げても意味がない——そう思った。
「では、この契約を白紙に戻しましょう」
私は深呼吸して、静かに言った。
「わかりました。書面に記載のない費用はお支払いできません。もし今の状態でお互いの認識が合わないなら、この契約を白紙に戻す方向で進めたいと思います」
吉田さんの表情が、一瞬固まった。
「え……それは、困りますよ。工事はほぼ完成していますし」
「私も困っています。でも、合意していない費用を払う根拠がありません。白紙に戻す場合の手続きについて、御社の上の方と話し合いたいです」
感情的にならないようにしながら、それだけを伝えた。
——不思議なことに、声を上げないほど、自分が落ち着いていた。
「上と確認します」と去った吉田さん、翌日の電話
吉田さんは「上と確認します」と言ってその日は帰っていった。
翌日、会社から電話があった。声のトーンが明らかに違った。
「先日の件ですが……今回の追加費用については、弊社の説明不足もありましたので、請求は取り下げます」
思っていた以上にあっさり事が済んだ。
工事はその後、当初の契約金額のまま完了した。
「口頭合意」は常習だった——業者の末路
話は、それで終わらなかった。
数週間後、同じ地域に住む友人から連絡が来た。「そのリフォーム会社、ほかでも似たようなトラブルがあったって聞いたよ」と。
どうやら「口頭合意」を盾に追加費用を求めるのは、吉田さんの常習的な手口だったらしい。複数の被害者が地域のSNSや口コミサイトに投稿し始め、会社の評判はあっという間に崩れていった。
その後、会社は地元の業界団体から調査を受け、吉田さんは営業の第一線から外れたと風の噂で聞いた。
「白紙」の一言が、最大の反撃になった
あのとき怒鳴っていたら、きっと「クレーマー」扱いで終わっていた。
契約書を見直し、メモを根拠に冷静に「白紙」を提示する——それだけが、私にできる手段だった。
怒りをぶつけるより、「この取引から降りる」と静かに告げるほうが、相手にはよほど効いた。
今のキッチンは、あの騒動が嘘のように、毎日気持ちよく使えている。
さいごに
「口頭で言った」という言葉は、証拠が残らないからこそ使われやすい。感情的にならず、静かに「白紙に戻します」と伝えただけで、相手の手口まで明らかになっていった——そんな結末でした。もし同じ場面に立ったとき、あなたならどう動きますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。



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