引っ越してきたばかりのころ、向かいに住む50代女性田中さんはとても感じのいい人に見えた。笑顔で挨拶してくれて、娘のことをまるで孫のようにかわいがってくれる——そう思っていた時期が、私にもあった。
「預かってあげるから遠慮しないで」
最初に違和感を覚えたのは、引っ越して3か月ほど経ったころだ。
買い物から帰ると、玄関前で娘(当時4歳)の姿がない。夫に聞くと「田中さんが預かるからって連れてってくれた」とあっさり言う。
「えっ、いつの間に……?」
田中さんの家のインターホンを押すと、扉が開いて笑顔の田中さんがいた。娘はおやつをもらいながら、なんだか満足そうにしていた。
「ごめんなさいね、急に。でもこの子が来たがって。かわいいからつい」
悪意があるようには見えなかった。でも私にも一言くれたらよかったのに、とは思った。
その後も似たようなことが続いた。私が庭に出た隙に娘を「ちょっとだけね」と連れて行く。お迎えに行くと「もう少しいいじゃない」と引き止める。「子どもが懐いてるんだから、任せてくれればいいのよ」とさらっと言う。
断ると、近所に聞こえるような声で「お母さん、厳しいねえ」と笑う。
笑顔でかわされ、モヤモヤだけが積み重なった
私は何度か「連れて行く前に声をかけてほしい」と伝えた。
でも彼女はいつも「ごめんごめん、つい!」と笑って流す。反省しているように見えて、翌週にはまた同じことをする。
地域の集まりでも顔が広く、「面倒見がいい人だよね」という評判が浸透している。私が何か言えば、角が立つのは私のほう——そんな空気があった。
夫も「悪い人じゃないんだし、もう少し大らかに考えたら」と言う。
——大らかに、か。でも娘は私の子だ。
モヤモヤを抱えながらも、角を立てるのが怖くて、私はずっと笑顔で曖昧にやり過ごしていた。
娘のひと言が、すべてを変えた
ある夜、お風呂上がりの娘がぽつりと言った。
「ねえ、ママ。向かいのおばちゃんがね、”お母さんはすぐ怒るから気をつけてね”って言ってたよ」
——え?
「あとね、”パパのほうが優しいよね”って」
ぞわっとした。怒りよりも先に、冷たいものが背筋を走った。
4歳の娘に、母親の悪口を吹き込んでいた。子どもをかわいがるふりをしながら、私との間に壁をつくろうとしていた——そう気づいたとき、もう迷いはなかった。
翌日、私は彼女に声をかけた。怒鳴るつもりも、泣くつもりも、なかった。
「これからは娘を預けることはできません。急に連れて行くのもやめてください」
彼女は「え、なんで急に」と少し困惑しながらも、いつも通りの笑顔。私は笑い返さなかった。
「理由は言いません。ただ、今後はご近所としてのお付き合いだけにしてください」
それだけ言って、私は家に戻った。
探りを入れてきた彼女が、静かに孤立していった
しばらく、彼女はいろいろな手を使ってきた。
近所の人を通じて「なにかしたかしら」と探りを入れてくる。夫に「奥さんと何かありましたか?」と声をかける。娘を見かけるたびに「こっちにおいでよ」と呼びかける。
でも私は揺れなかった。娘には「あのお家には行かなくていいよ」と穏やかに伝えた。娘はすぐに「うん、わかった」と言った。
夫にも、娘から聞いた言葉をそのまま伝えた。夫は少し黙って、「それは……ごめん、俺も気づかなかった」と言った。それ以来、夫も田中さんと自然と距離を置くようになった。
周囲に探りを入れても誰も何も教えてくれない。娘に呼びかけても娘は来ない。彼女にできることは何もなくなった。気がつけば、向こうから声をかけてくることも、なくなっていた。
今は、静かで穏やかな毎日
あれから1年以上が経つ。
会えば会釈する。それだけだ。娘はあの日のことをもう覚えていないかもしれない。でも私は覚えている。あのぽつりとしたひと言が、私を動かしてくれたことを。
「縁を切る」というと大げさに聞こえるかもしれない。でも私がしたのは、ただ「娘を守る」という当たり前のことだった。
穏やかに。静かに。それでも、きっぱりと。
さいごに
善意の顔をしながら、じわじわと親子の間に入り込もうとする——そんな関係は、気づいたときにはもうずいぶん深くなっていることがある。娘のひと言がなければ、もう少し気づくのが遅れていたかもしれない。子どもって、大人が思う以上にちゃんと見ているものですね。あなたのまわりにも、こんな「いい人」、いませんか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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