娘が小学校に入学して以来、義母の「教育への情熱」は歯止めが利かなくなっていった。
元幼稚園勤務のキャリアを誇りにしている義母は、私の子育てを「素人の見よう見まね」と思っているらしく、会うたびに何かしら口を出してきた。
最初は、まだ笑って流せていた。
「先生にお話ししてきました」義母から届いた衝撃のひとこと
娘が入学して最初の参観日の翌日、義母からLINEが届いた。
「昨日、先生に少しお話ししてきました。〇〇ちゃんのことで気になることがあったので」
——気になること?
私は何も聞いていなかった。夫に確認しても「母さんが気になったんじゃないか」とのんきな返事。その後、担任の先生から連絡帳に一言添えられていた。
「お義母さまより、ご家庭での様子についてお話をうかがいました。何かご不安なことがあればいつでも」
背筋がすっと冷えた。私が相談したわけでも、何か問題があったわけでもない。
義母が勝手に先生に接触し、「嫁の孫の育て方に不安がある」というニュアンスのことを伝えていたのだ。
「欠席の件、学校に連絡しておきましたよ」知らない話が先生から届く日々
それから数週間後、娘が熱で学校を休んだ日のこと。私が学校へ電話する前に、すでに義母が「孫が休みます」と連絡を入れていた。
先生から折り返しの電話があり、「お義母さまから伺いましたが、体調の方は……」と言われて初めて知った。
——私はまだ電話もしていない。
理由を聞くと義母は「あなたが忘れるといけないと思って」と悪びれもせず言った。忘れるわけがない。連絡するつもりだった。
ただ、義母は私より先に動くことで、「自分がこの子の教育を管理している」という立場を学校の中に作りたかったのだと、そのとき初めて気づいた。
先生たちの間に「娘の母親は頼りない」という印象が広がっていないか、考えるだけで胸が痛かった。
「私も面談に行きます」止める間もなく義母が玄関に立っていた
秋の個人面談の日。私はひとりで行くつもりで準備していた。夫は仕事で来られない。それでいい、と思っていた。
ところが当日の朝、義母から電話がかかってきた。
「私も同席します。先生とお話ししたいことがあるので」
断った。はっきりと、「今日は私ひとりで行きます」と伝えた。電話を切ったはずなのに、学校に着くと昇降口に義母が立っていた。
「先生に迷惑がかかるから」と言い訳しながら、当然のような顔で面談室へついてくる義母。先生は戸惑った様子で、それでも3人で着席することになった。
その面談室には、スクールカウンセラーの先生も同席していた。年度初めに「希望者には面談に同席します」と案内があり、私が事前にお願いしていた方だ。
「この子の母親の育て方に問題があります」その言葉を、カウンセラーは静かに受け止めた
面談が始まってしばらくは、担任の先生が娘の学校での様子を話してくれた。友達とも仲良くできていて、算数が好きらしい——そんな話を聞きながら、私は少しほっとしていた。
ところが義母が口を開いた。
「先生、正直に申し上げますが、この子の母親の育て方には問題があると思っています。私は長年幼稚園で働いてきましたから、子どもの様子を見ればわかるんです。この子の家庭環境を、もう少し学校側にも把握していただきたくて」
担任の先生が言葉を失っているのがわかった。私も、頭が真っ白になった。
その瞬間、それまで静かにメモを取っていたカウンセラーの先生が、穏やかに、しかしはっきりした声で口を開いた。
「少しよろしいでしょうか」
カウンセラーの先生は義母に向かって、
「本日の面談はお母さま(私のこと)とお子さんのためのお時間です。保護者以外の方が学校の教職員に直接連絡をされたり、面談に同席されたりすることは、学校のルールとして本来お断りしています」
と静かに、でも一語一語丁寧に告げた。
そして担任の先生に向かって、「今後のご連絡は保護者の方を通じてお願いします。その点を学校として確認させてください」と続けた。
義母は、何も言えなくなった。
学校から届いた「正式なお知らせ」義母の介入ルートが断たれた日
面談の翌週、学校から書面が届いた。
「保護者以外の方からの連絡・来校については、あらかじめ保護者の了承を得たうえで学校へご連絡いただくようお願いします」という内容の通達だった。
個別に送られてきたものではなく、全校向けの案内という体裁だったが、担任の先生から「先日の件を受けて、改めて確認の通達を出しました」と電話で教えてもらった。
義母はその後、直接学校に連絡することをぴたりとやめた。
夫にも面談でのことを話した。夫はしばらく黙っていたが、「母さんには俺から言う」と、珍しくはっきり言った。
義母からその後、謝罪の言葉はなかった。ただ、以前のように「学校に言っておきましたよ」という連絡も、来なくなった。
娘の次の面談は、私ひとりで行った。先生と、娘の好きな本の話を笑いながらした。それだけで、なんだかとても清々しかった。
さいごに
「子どものために」という言葉が、母親の居場所をそっと奪っていくことがある。
義母の行動も悪意だけではなかったかもしれないけれど、カウンセラーのひと言が静かに、でもしっかりと守ってくれた——。
あなたの周りにも、こんなふうに「気づいたら口を出されていた」経験、ありませんか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。



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