毎朝、義母の部屋のカーテンを開ける。
そのたびに「違う、そんな開け方じゃない」と言われる。
3年間、毎朝。
「違う」から始まる一日
義母(70代)は、足腰が弱ってから夫の実家で同居することになった。
食事の用意、薬の管理、通院の付き添い——ほとんどを私がこなしている。
問題は、義母が「自分のやり方」にとにかく細かいことだ。
カーテンの開け幅。お茶の温度。タオルの折り方。
「そこは左から開けるの」「ぬるすぎる」「角をそろえて」。
最初は「ちゃんと覚えよう」と思っていた。
でも3年経った今も、正解にたどり着けた気がしない。
——というか、正解は毎日少しずつ動いている気がする。
「ヘルパーさんを入れましょう」が毎回通らない
1年目に一度、限界を感じてケアマネさんに相談した。
「訪問介護を週に何度か入れると、私の負担が減ります」と夫にも伝えた。
義母の答えは「知らない人に来てほしくない」。
夫の答えは「お母さんがそう言ってるんだから、もう少し様子を見よう」。
……様子を見て3年が経った。
デイサービスを提案したときも同じだった。
「あんな場所に行くほど私は年寄りじゃない」と義母が嫌がり、夫は「無理に行かせるのもかわいそうだろ」と言った。
私が疲れているということは、その会話の中で誰も察してくれなかった。
「嫁なんだから当然」が空気になっている
はっきり言葉にされたわけじゃない。
でも義母の態度からも、夫の反応からも、じわじわと伝わってくる。
——嫁がやるのは当たり前のことだ、と。
先日、疲れて少し愚痴をこぼしたら、夫に「お母さんも好きでこうなったわけじゃないんだから」と言われた。
それはそうだ。義母だって自ら選んで体が弱ったわけじゃない。
でも、私だって好きでこの疲れを抱えているわけじゃない。
誰も悪者じゃないのに、しんどい。
この感覚、うまく言葉にできなくてずっと飲み込んでいる。
「そりゃしんどいよ」って、誰かに言ってほしかった
「こうしたら楽になりました」という結末は、今のところない。
今日も義母に「カーテンが違う」と言われて、「すみません」と直した。
ただ、誰かに「そりゃしんどいよ」と言ってほしくて、ここに書いた。
それだけの話なのだけど。
さいごに
誰が悪い、という話じゃないのが、かえってつらいところかもしれない。義母も夫も悪意があるわけじゃなく、でもその隙間に嫁の疲れがすっぽり落ちてしまっている。毎日「違う」と言われながら手を動かし続けているあなたのこと、「しんどいよね」とちゃんと思っている人はきっといる。そんな経験、あなたにもありませんか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。



コメント
色々提案しても全て却下されたらもう手を引きましょう。孝行息子がいるじゃないですか、任せましょう。
自分なら昼も夜もパート掛け持ちで働いて家になるべく居ないようにする。働いて得たお金の一部くらいは介護費用として恵んでやるよ