結婚して6年。
夫は「家事は妻の仕事」と、口には出さないけれど行動で示し続けてきた。
そして私は、高熱が出ている夜でさえ、それを疑わずに受け入れてきた。
「39度あっても夕飯くらい作れるよな?」
その夜、体温計の数字は39.2度を示していた。
節々が痛くて、立っているだけで視界がゆらゆらする。それでも夕方になれば台所に立つのが当たり前だと思っていた。
「なんか今日、しんどくて……夕飯、簡単なものでもいいかな」
そう夫に声をかけると、ソファでスマホを見ていた夫はちらりとこちらを見て言った。
「39度あっても夕飯くらい作れるよな?俺だって仕事で疲れてるし」
——え。
返す言葉が見つからなかった。笑えばいいのか、怒ればいいのか。
結局私は「……うん」とだけ答えて、ふらつく足で冷蔵庫を開けた。
「ありがとう」の一言もなく、6年が過ぎた
よく考えれば、あの夜だけが異常だったわけじゃない。
朝6時に起きて夫の弁当を作り、洗濯を回し、パートから帰ったら夕飯の準備。風呂掃除、食器洗い、翌日の段取り。
子どもはまだいないけれど、2人分の生活を9割以上私が回していた。
夫が「手伝おうか」と言ったのは、引っ越し直後の一度きり。
それ以来、「ご飯まだ?」「洗濯物どこ?」「あれ、醤油切れてるじゃん」——要求とクレームだけが積み重なってきた。
高熱の夜に作ったあの夕飯も、「味薄くない?」の一言で終わった。
「もう限界」と思った瞬間、私は台所から出た
翌朝、熱は下がるどころか39.5度になっていた。
「今日、本当に動けない。夕飯は自分でなんとかして」
震える声でそう言うと、夫は少し驚いた顔をして「……わかった」と言った。
その日、私はベッドから出なかった。夕飯の時間が来ても、台所には行かなかった。
夫はコンビニ弁当を買ってきて、ひとりで食べた。
翌日も熱が引かず、私は台所に立たなかった。洗濯もしなかった。ゴミも出さなかった。
「全部お任せ」を、言葉ではなく行動で実行した。
——これが私の、ささやかな「離脱」だった。
3日後、夫が冷蔵庫の前で固まった
3日目の夜、少し熱が下がった私がリビングに出ると、夫はキッチンの前で立ち尽くしていた。
流しには食器が積み上がっていた。洗濯物は乾燥機の中でシワになったまま。
冷蔵庫は「あるもの」を使い切って、ほぼ空になっていた。
「……これ、毎日やってたの?」
夫の声は、いつもより小さかった。
「洗濯って、洗うだけじゃないんだな。干して、畳んで、しまって……こんなに手間がかかるとは思わなかった」
——今さら。
そう思う気持ちもあった。でも同時に、「やっと気づいてくれた」という静かな安堵もあった。
夫が変わった、ほんの少しだけど
それ以来、夫は少しずつ変わった。
劇的にではない。朝の食器を自分でシンクに運ぶようになった。休日に洗濯を「回してみようか」と声をかけてくれるようになった。
私が体調を崩した日に「今日は俺がなんか作る、適当でいいよな」と言ってくれた夜は、正直、泣きそうになった。
あの3日間がなければ、たぶん私はまだ39度で台所に立ち続けていたと思う。倒れるまで、気づかなかったかもしれない。
言葉で伝えるより、「やめてみる」ことのほうが、ずっと早く届いた——そんな気がしている。
さいごに
高熱でもご飯を作るのが「当たり前」になっていた日々、読んでいて胸が痛くなった方も多いのではないでしょうか。
やめてみて初めて伝わる家事の重さって、確かにある。
あなたの家にも、「当たり前」になっていることはありませんか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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