マッチングアプリを始めて半年。
「誠実な出会いを」と信じていた私に、ある男性から「いいね」が届いた。プロフィールには大手商社・海外営業という肩書き。
やりとりは軽快で、初回のデートまでは、悪くない予感がしていた。
「正直、その業界って将来性あるの?」
最初のデートは都内のイタリアンだった。
席に着いてすぐ、彼は私の仕事について聞いてきた。
「なんの仕事してるんでしたっけ?」
私が答えると、彼は少し首をかしげながら言った。
「正直、その業界って将来性あるの?うちの会社だと、そのへんのキャリアはちょっと……ね」
笑いながら言うから、冗談なのか本気なのか、最初は判断できなかった。
「うちの親に紹介しにくい職種(笑)なんだよね」
次のデートでも、その次のデートでも、彼は同じことを繰り返した。
「出身大学どこだっけ?——あー、そっか。うちの親がちょっとうるさくてさ」
「年収ってどのくらい?……まあ、女性だしそんなもんか」
値踏みされている、と気づくのに時間はかからなかった。
そして数回目のデートの帰り道、彼はさらりと言い放った。
「ぶっちゃけさ、うちの親に紹介しにくい職種(笑)なんだよね。悪く思わないでほしいんだけど、家柄とかキャリアをけっこう気にする家でさ」
——悪く思わないで、か。
私は「そうなんだ」とだけ答えた。怒りよりも、静かな呆れが先に来た。
それでも交際を続けたのは、ひとつだけ確かめたいことがあったからだ。
しばらくして、彼のほうから「将来を考えているなら、一度母に会ってほしい」と言ってきた。自分で顔合わせの場をセッティングするというので、私は了承した。
心の中で、ひとつだけ準備をした。
名刺を一枚、バッグに入れていった
顔合わせは都内のホテルラウンジだった。
彼の母は上品な印象の女性で、開口一番「息子からよくお話は聞いています」と言った。笑顔の裏に、値踏みの視線があることには気づいていた。
しばらく当たり障りのない会話が続いたあと、彼の母が切り出した。
「失礼ですが、どちらにお勤めですか?」
私はバッグから名刺を取り出し、テーブルにそっと置いた。
一瞬の間があった。
彼の母の表情が、かすかに変わった。
名刺に書かれていたのは、私が勤める組織の名前と、私の肩書き。
彼が「将来性がない」「親に紹介できるレベルじゃない」と言い続けた私の職業は、彼の会社とは比べ物にならない規模で社会に関わる仕事だった。
「息子がご無礼を……」と頭を下げたのは彼の母だった
彼の母は名刺をしばらく見つめたあと、静かに言った。
「……息子がご無礼をお掛けしていなかったでしょうか」
隣に座っていた彼の顔が、みるみる固まっていくのがわかった。
「え、ちょっと、母さん——」
「あなたのような方を、息子は……失礼なことを言っていなかったかしら」
私は「いいえ、とんでもないです」と微笑んだ。本当に、それだけで十分だった。
怒鳴ったわけでも、責めたわけでも、暴露したわけでもない。ただ一枚の名刺が、彼の言っていたことを静かに、丁寧に、打ち消した。
その後の会話は穏やかだったが、帰り道の彼はほとんど口をきかなかった。
後日、彼から「やっぱり価値観が合わないと思う」とメッセージが届いた。
私は「そうですね」と返信して、ブロックした。
その後——「値踏みしない人」と出会うまで
それからしばらくは、婚活から少し距離を置いた。
疲れたというより、自分の仕事や生き方を「レベル」で語る人と向き合い続けることに、もったいなさを感じたからだと思う。
半年後、友人の紹介で今のパートナーに出会った。初めて会った日、彼は私の仕事について「大変だけどすごいね」とだけ言った。
学歴を聞かれたことは、一度もない。
さいごに
相手の仕事や学歴を値踏みして「うちの親が…」と笑って済ませる人が、世の中には意外と多いものです。
静かに名刺を一枚差し出しただけで場がひっくり返ったこのエピソード、「わかる」と感じた方もいるのではないでしょうか。
あなたをちゃんと見てくれる人は、きっとどこかにいますよ。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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