彼のことを、信じたかった。ただそれだけだったと思う。
でも3年という時間は長く、積み重なったお金もまた、正直に向き合えないほど大きくなっていた。
「立て替えておいてくれない?すぐ返すから」
知り合ったのは共通の友人の食事会だった。彼は38歳で、自分でネットショップを運営していた。
話し上手で、夢を語るときの目が好きだった。
最初にお金の話が出たのは、付き合って3か月ごろのこと。
「仕入れの支払いがちょっと重なっちゃって。5万だけ立て替えてもらえる?来月には絶対返すから」
そしてその「来月」は来なかった。
「事業が軌道に乗ったら、まとめて全部返す」
最初の5万が返ってこないうちに、次のお願いが来た。
光熱費、友人の結婚式のご祝儀、車の修理代——理由はその都度違ったけれど、言葉はいつも同じだった。
「事業が軌道に乗ったら、まとめて全部返すから」
私もバカじゃない。途中から怪しいとは思っていた。
でも「怪しい」を口に出すことは、この関係を終わらせることに等しい気がして、ずっと黙っていた。
家計簿アプリを開いて彼への立て替え額をこっそり集計した夜がある。
その数字を見たとき、頭が真っ白になった。
3年間で、総額は130万円を超えていた。
祖父の葬儀で渡された「一通の手紙」
転機は、彼の祖父が亡くなったことだった。
90歳を超えての大往生だったと聞いた。葬儀には彼の家族だけが集まり、私は少し離れたところでそっと手を合わせた。
葬儀が終わって数日後、彼の母親から連絡が来た。
「祖父が残した手紙の中に、あなた宛のものが入っていたんです」
——私宛?
封筒には、丁寧な毛筆で私の名前が書いてあった。
彼のおじいさんとは、一度だけ1年前の正月に会ったことがある。無口だけれど、目が澄んでいる人だと思った。
手紙を開いた。
《あなたは優しい方です。だからこそ、孫のことを正直にお伝えしなければなりません。孫の○○は20代のころから家族にも借金を重ねてきました。私が生きているうちに返済させたかったのですが、果たせませんでした。あなたへの借金のことも、○○の母から聞いています。どうか、ご自身を大切にしてください》
手が震えた。
怒りではなく、悲しみでもなく——ただ、静かに「そうか」と思った。
彼の「ドヤ顔」が、一瞬で崩れた日
手紙を持って彼のもとへ行った。
怒鳴るつもりはなかった。ただ、テーブルに封筒を置いた。
「おじいさんから、手紙をもらった」
彼の顔色が変わった。
「それ……なんで持ってるの」
「あなたのお母さんが渡してくれた」
しばらく沈黙が続いた。
彼は「おじいちゃんは関係ない」と言いかけて、途中で口を閉じた。
私は続けた。
「家族にも借金を繰り返してきたって、おじいさんが書いてくれた。私だけじゃなかったんだね」
彼はうつむいたまま、何も言わなかった。
言い訳の言葉を、全部失ったような顔だった。
その日、私は別れを告げた。
関係が終わって、私が取り戻したもの
別れてから3か月が経った。
130万円のうち、戻ってきたお金はまだない。彼の家族に返済をしてもらうべきとも思ったのだが、社会人である彼に責任を持って返してもらうべきと考えた。そして、法的な対応を相談しようと、友人に紹介してもらった弁護士のところへ予約を入れた。
お金のことより、正直に言うと「信じたかった自分」から卒業できたことのほうが、ずっと大きかった。
「もうすぐ返す」を信じ続けることで、私は何かを守ろうとしていた。
彼への気持ちというより——「3年間を無駄にしたくない」という意地だったのかもしれない。
おじいさんの手紙は、やさしい言葉だけで書かれていた。
責めるでも、怒るでもなく、ただ私のことを案じてくれていた。
その手紙は今も、引き出しの中にしまってある。
さいごに
「すぐ返す」の一言を信じ続けることが、いつの間にか自分を守るための言い訳になってしまうことって、あるものですよね。やさしい手紙ひとつが、誰も言えなかった真実を届けてくれた——そんな経験、心当たりのある方もいるのではないでしょうか。あなたなら、どのタイミングで「もう信じるのをやめよう」と決めますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


コメント