父が入院したと連絡を受けた翌週、弟からLINEが届いた。
「俺、遠方だから難しい。諸々よろしく」
——たった一行だった。
その瞬間から、私の日常は少しずつ変わり始めた。
「長女なんだから当然でしょ」の一言が刺さった
電話で事情を話そうとすると、弟はあっさり言い放った。
「だって姉ちゃん、実家から車で20分でしょ。長女なんだから当然じゃないの」
——当然?
私にも仕事がある。小学生の子どもがいる。夫の協力があるとはいえ、限界というものがある。
そう伝えると「でも俺は本当に無理だから」と繰り返すだけで、会話にならなかった。
弟の住む街は新幹線で2時間ほどの距離だ。日常的に通うには負担がある距離なのはわかる。でも、まったく関われないほどなのだろうか、という思いは消えなかった。
結局その日から、実家の管理・入退院に関する手続き、病院や市役所とのやり取りを、私がほぼ一人で担うことになった。
半年間、私の負担だけが増えていった
退院後の父は要介護認定を受け、週に数回デイサービスに通うことになった。
ケアマネージャーとの連絡、介護保険の申請、かかりつけ医への定期受診——こなすべきことは次々と増えていった。
弟は盆も正月も「仕事が立て込んでいる」と言って帰省しなかった。
父の様子を尋ねるLINEは月に一度あるかないか。それも「大丈夫?」の一言だけで、こちらが詳しく返しても、その後は既読のまま終わることが多かった。
六ヶ月が過ぎた頃、私は心身ともに限界に近かった。それでも——父のそばにいてあげたい、という気持ちだけで踏みとどまっていた。
通帳に並ぶ数字に、違和感を覚えた
ある日、父の生活費を確認しようと通帳記帳に行った。
数字を追っていると、手が止まった。
3か月の間に、ATMからの出金が5回。
一回あたり数十万円規模の引き出しが、父の入院中を含む時期に集中していた。父本人が一人でATMに行ける状態ではなかった時期と、出金日が重なっていた。
——誰が、引き出したの。
頭が真っ白になった。父に確認しても「よく覚えていない」と言うばかり。認知機能が少しずつ落ちていることは、主治医からも言われていた。
私はすぐに、知人から紹介してもらった司法書士に相談することにした。
司法書士に相談し、家族で通帳の記録を確認することに
司法書士の先生に状況を整理してもらったうえで、弟を含む家族会議を設定した。「大事な話があるから来てほしい」とだけ伝えると、珍しく弟はすんなり応じた。
会議の場で通帳の記録を確認した瞬間、弟の表情がこわばった。
「急に父から頼まれて……」「立て替えた分を返してもらっただけで……」言い訳は次々と出てきたが、先生が「それを証明する書類はありますか」と静かに問うと、弟は黙り込んだ。
父本人は引き出しの記憶がない、と繰り返した。
少なくとも、父の了承がはっきりしないままキャッシュカードが使われていた可能性は高いと感じた。
司法書士の先生に相談しながら、父の財産を守る方法のひとつとして、成年後見制度の申立てを検討することになった。
その後、家庭裁判所の手続きを経て専門職の成年後見人が選任され、父の財産管理は後見人が担うことになった。少なくとも、家族が勝手に口座を動かすことはできなくなった。
弟は「そこまでしなくても」と抵抗したが、司法書士の先生から制度の必要性を説明されると、それ以上強くは言えない様子だった。
父と「娘として」向き合える日々が戻ってきた
後見人が決まってから、私の役割は大きく変わった。財産管理は専門家が担い、私は父と「娘として」向き合う時間を取り戻せた。
弟とはその後、最低限の連絡しか取っていない。謝罪の言葉は一度もなかった。正直、怒りがないわけではない。でも今は、それより父と穏やかに過ごせることのほうが大切だと思えている。
一人で抱え込んでいた半年間を思い返すと、あのとき専門家に相談してよかったと今でも思う。
さいごに
「家族だから」「きょうだいだから」という言葉は、ときに一方的な負担を押しつける盾として使われることがあります。
もし介護や財産管理で不安を感じたら、家族だけで抱え込まず、司法書士、弁護士、社会福祉士、地域包括支援センターなど、第三者に早めに相談してみることが、自分や親を守る一歩になるかもしれませんね。
ひとりで限界まで頑張ってきたあなたの疲れは、決して「当然」なんかじゃない。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。



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