義実家に行くたびに、なんとなく気持ちが重くなる。悪い人じゃないのはわかってる
——でも、なぜか帰り道はいつもぐったりしている。
「昔はこれで育てたんだから」が止まらない
生後5ヶ月の娘を連れて義実家に顔を出したとき、今回もはじまった。
離乳食の話になった途端、義母が「最初から少し味をつけてあげないと食べないわよ」と言い切る。
いや、それ今の推奨と真逆なんですが……。
服装でも「薄着にしすぎ」「もっと靴下を重ねて」と畳みかけてくる。
季節は5月、室温は25度。娘はすでに汗ばんでいる。
「昔はこうして育てた」「うちのやり方で育ててね」。
その言葉が出るたびに、私の中の何かがじわじわと削られていく感覚がした。
笑って流す自分にも、モヤがたまっていく
「そうですね〜」「参考にします〜」と曖昧に返し続ける私。
その場では波風を立てたくなくて、ニコニコしてしまう
だけど、帰り道にふと気づく。
私、一度も自分の意見を言えなかったな、と。
怒りというより、なんか悔しい。
義母のことが嫌いなわけじゃない。ただ、「私のやり方」を全部上書きされていくような息苦しさがある。
夫に話すと「うちの母、昔からああいう感じで……」とバツが悪そうな顔をした。
他人事みたいな反応にも、ちょっとモヤッとしたけど(笑)。
「全部答えなくていい」と気づいた日
義母は悪意があるわけじゃない——たぶん本気で「正解」だと思っている。
それがまた厄介で、だからこそ真正面からぶつかっても消耗するだけだ。
うまく受け流せた日は、帰り道が少しだけ軽い。
逆にうまく返せなかった日は、夜になってもモヤモヤが続く。
そのうち気づいてきた。義母の言葉を全部受け取ろうとするから、しんどくなるんだと。
「全部答えなくていい」——そう思えた瞬間から、なんとなく息が吸いやすくなった気がした。
完全に解決したわけじゃない。次回また何か言われると思う。
でも「私の中の基準」が少しだけ固まった感覚は、確かにある。
さいごに
義母の言葉をゼロにすることはできなくても、自分の受け取り方は変えられるかもしれませんね。
「全部答えなくていい」と気づいただけで、義実家が少しだけ軽くなる——そんな経験、あなたにもあるんじゃないでしょうか。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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