土砂降りの夕方だった。
仕事を終える少し前、スマートフォンが鳴った。
学童からだった。
「まだお迎えの方がいらしていないのですが、本日はどなたがお迎えの予定でしょうか?」
一瞬、意味が分からなかった。
今日は私の担当ではない。
4家庭で作っている送迎グループでは、Aさんがお迎えを担当する日だった。
「今日は別のお母さんが迎えに行く予定なんですが……」
そう答えながら、嫌な予感がした。
私はすぐにグループチャットを開いた。
「他所の子は乗せないことにしたから」
私たち4家庭は、仕事の都合がつかない日に子どもたちを交代で学童から送るようにしていた。
きっちり毎回均等ではなかった。
私の車が7人乗りだったこともあり、
「今日、一緒に乗せてもらえない?」
と頼まれれば、私がまとめて送ることも多かった。
雨の日。
学校行事の帰り。
残業で間に合わない日。
そんなふうに、3年近く助け合ってきた。
だから私は、今日も当然Aさんが娘を乗せてくれると思っていた。
個別にメッセージを送る。
「今日、Aさんがお迎えの日だったよね?」
すぐに既読がついた。
返ってきたのは、「ごめん。うち、もう他所の子は車に乗せないことにしたの」という文章だった。
私は思わず画面を見直した。
「今日から?」
「そう。何かあったとき責任取れないし」
その考え方自体は分かる。
他人の子を車に乗せる以上、事故などの心配がある。
私だって、一度も考えたことがないわけではない。
でも、問題はそこではなかった。
「それなら、どうして今日より前に言ってくれなかったの?」
しばらくして、
「各自で迎えに行けばいいと思ってた」
と返ってきた。
娘は学童で待っていた
私は学童へもう一度電話した。
「すみません。迎えの予定が変わってしまって。私が向かうまで室内で待たせてもらえますか?」
スタッフさんは、「大丈夫ですよ。こちらで待っています」と言ってくれた。
外は土砂降りだった。
電車とバスを乗り継ぐより早いと思い、職場からタクシーを呼んだ。
学童へ着くと、娘はスタッフさんのそばで本を読んでいた。
私の顔を見るなり、「今日、Aちゃんのお母さんじゃなかったの?」と聞いた。
「予定が変わったんだって」
それ以上は説明しなかった。
娘が一人で外に出されたわけではない。
学童で安全に待たせてもらえた。
それでも、事前に一言あれば、こんなに慌てる必要はなかった。
「方針を変えるのはいい。でも当日は困る」
帰宅後、私は送迎グループへメッセージを送った。
「今日、Aさんから今後は他のお子さんを車に乗せない方針にしたと聞きました。安全面でそう判断すること自体は理解できます」
そこまで書いて、一度手を止めた。
感情的な文章にはしたくなかった。
続けた。
「ただ、当番の日になってから変更されると、子どもの迎えそのものが宙に浮いてしまいます。今後も送迎を続けるなら、できない場合は事前に共有するルールが必要だと思います」
ほかの二人のお母さんから、
「それはそうだね」
「当日だと困る」
と返信が来た。
Aさんは「でも事故があったら怖いから」と返した。
私は、「そこは否定してません」と書いた。
「だから、他のお子さんを乗せない方針にするなら、それを前提に送迎の仕組み自体を見直したほうがいいと思います」
私も送迎グループを抜けることにした
その夜、過去のやり取りを見返した。
私が、「一緒に乗せていくよ」と引き受けた日がたくさん残っていた。
Aさんから、
「助かった!」
「今日お願いしていい?」
と頼まれたことも何度もある。
それを見ながら、少しだけ腹が立った。
でも、「これだけやってあげたのに」と数え始めても仕方がない。
そもそも、私自身が無理なく続けられると思って引き受けていたことだ。
問題は、助けた回数の差ではない。
お互いに頼れるという前提が、もうなくなったことだった。
私はグループへ書いた。
「うちは今後、送迎は各家庭で対応する形に切り替えます。私も他のお子さんを定期的に乗せるのはやめます」
そして、「今までありがとうございました」と添えた。
グループそのものからは抜けず、学校行事など最低限の連絡だけ残すことにした。
送迎当番だけを終了した。
数日後、Aさんから連絡が来た
それから数日後。
夕方、Aさんから個別にメッセージが届いた。
「急で悪いんだけど、今日仕事が長引きそうで……娘、一緒に乗せてもらえない?」
画面を見て、少し複雑な気持ちになった。
以前なら、「いいですよ」と返していただろう。
でも、私はもう送迎の当番から外れている。
返信した。
「ごめんなさい。うちも今後は、基本的に自分の子だけ送迎することにしたんです」
すぐに、「今日だけでも無理?」と来た。
私は、「今回は難しいです。学童に相談してみてください」
と返した。
それ以上は書かなかった。
少しして、「了解」とだけ返ってきた。
「同じ方針」にしてみて分かったこと
その後、4家庭での送迎当番はなくなった。
それぞれが自分の家庭に合う方法を考えるようになった。
仕事の時間を調整する人。
祖父母に頼める日だけ頼む人。
必要な日はタクシーを使う人。
私も職場に相談し、お迎えがある日は少し早めに退勤できるよう予定を調整することにした。
雨が強い日など、どうしても厳しい日はタクシーを使う。
以前より費用がかかる日もある。
でも、「今日の担当、本当に来てくれるよね?」と心配することはなくなった。
予定が読めるだけでも、ずっと楽だった。
Aさんとは普通に挨拶する
学校行事でAさんに会うことはある。
そんなときは、「こんにちは」と普通に挨拶する。
送迎の件を蒸し返すこともない。
Aさんが他人の子を乗せたくないと考えること自体を、私は間違いだとは思っていない。
私も今回をきっかけに、他の家庭の子を定期的に乗せることの責任について改めて考えた。
ただし、約束していた当日に突然、「今日からやりません」では困る。
助け合いは、どちらか一方だけが相手を頼れる状態では続かない。
それが分かっただけでも、今回の出来事には意味があったと思っている。
その後
今では娘も、
今日は誰が迎えに来る?」ではなく、
「今日は何時に迎えに来る?」と聞くようになった。
「今日は私」
「雨だからタクシーで行くよ」
そう答えれば、それで予定が決まる。
少し不便になった部分はある。
でも、曖昧な約束に頼るより、自分で管理できるほうが私には合っていた。
あの日、学童から電話が来たときは腹が立った。
今振り返ると、「助け合いだから」という言葉に甘えて、ルールを曖昧にしたまま3年間続けてきたことにも原因はあったと思う。
善意だけで続けるなら、断り方も含めて決めておく。
次に誰かと助け合うことがあれば、それだけは忘れないようにしたい。
さいごに
子どもの送迎を家庭同士で助け合う場合、誰がいつ担当するのかだけでなく、送迎できなくなった場合にいつまでに連絡するのか、安全面をどう考えるのかも事前に確認しておくことが大切です。
「他人の子を車に乗せたくない」という判断自体は尊重されるべきでも、すでに引き受けていた予定を当日に変更すれば、別の家庭や子どもに影響が出ることがあります。
助け合いを続けるなら、頼む側も引き受ける側も無理をしない仕組みにしておきたいものです。
自分の当番の日になって「今日から他所の子は乗せない」と言われたら、あなたなら送迎グループを続けますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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