幼稚園の行事が落ち着くと、同じクラスのママたちでランチをしている。
楽しいはずなのに、会うたびに財布が寂しくなる。
理由は、ひとりのママの口ぐせだ。
「夫の年収は1200万♪」
最初にその言葉を聞いたのは、駅前のイタリアンでのこと。
「うち、夫の年収は1200万♪ だからこのくらいのランチが普通でしょ」
パスタに前菜とデザートがついて2,800円。平日の私の昼には、かなり背伸びしている。
店選びは持ち回りのはずが、彩さん(そのママ)は毎回、ちゃっかり先に予約を取ってくる。
「駅近は埋まっちゃうから、私が押さえといたよ。割り勘でいいよね?」
断るのも角が立つし、私は笑って頷いた。
でも、毎回この調子だと、さすがにため息が出る。
「割り勘が公平でしょ?」
翌月はホテルのデザートブッフェ、その次はフレンチのコース。
テーブルに座ると、彩さんがバッグを椅子に掛けながら言う。
「割り勘がいちばん公平でしょ? みんな同じ母親なんだし」
私が「次はもう少し安いお店どうかな」と言うと、
「せっかくのランチなんだから、ここはケチらないで!」
「このくらいで高いって言うの、ちょっと…」と、語尾を濁して私の顔をちらっと見る。
その視線に刺さるものを感じながらも、私は言葉を飲み込んだ。
子ども同士は仲がいい。ここで場を乱すのは違うと思ったからだ。
それでも、もやもやは溜まっていく。
レシートの数字を見る時間が長くなるのは、私だけじゃないはずだ。正面の真奈さんと目が合うと、小さくうなずいた。会計のたびに、何人かが顔を見合わせていた。
正面ママのひと言「全部お願い」
三度目のフレンチ。昼なのに4,500円のコースで、乾杯のノンアルまで勧められた日。
彩さんはいつもの調子で笑っていた。
「うち、夫の年収は1200万だし、たまにはこのくらい行こうよ。割り勘でサクッとね」
そのとき、私の正面に座っていた真奈さんが、にこっと笑って言った。
「そっか、1200万もあるなら、今日のお店代、全部お願いしてもいい?」
声のトーンは柔らかい。でも言葉は真っ直ぐだ。
「いつも彩さんの希望で決まってるし、私たちも今日は甘えたいなって」
テーブルの上で、ナイフがわずかに揺れた。
「え、待って」からの沈黙
彩さんは笑顔のまま、ナプキンの端をいじった。
「え、ちょっと待って…今日は現金少なくて。みんなで割れば平等でしょ…」
真奈さんは肩をすくめる。
「『割り勘が公平』って言ってたけど、彩さんが『このくらい普通』って言うなら、全部でも普通かなって」
会話が一拍止まった。私の隣のママが水を一口飲み、店員さんがそっとパンを置く。
私は、ここで責め立てるつもりはなかった。
だから、会計のときは「今日はいつも通りでいいよ」と言った。ほかのママたちも頷いた。真奈さんも「うん、今日はね。次からは予算決めよっか」と続けた。
ただ、会計の列で、彩さんはレシートを長く見つめていた。合計の桁を確かめるように、じっと。
その後、あの自慢は消えた
それ以来、彩さんの「夫の年収は1200万」はぴたりと止まった。みんなの前で理屈を返されて、もう通らないと気づいたのだろう。
高級店の先回り予約もなくなり、グループのチャットには「一人2,000円くらいで」「子どもの下校に間に合う距離で」と、現実的な条件が並ぶようになった。
私は肩の力が抜けた。
「悩まず行けるって、こういうことか」と思った。
彩さんとは普通に挨拶をする。あの日のことを蒸し返す人はいない。
真奈さんはというと、待ち合わせのたびに「今日も楽しもう」と、本当にそれだけを言う。
このくらいの距離感が、たぶんいちばん長続きするのだと思う。
さいごに
お金の話は、笑顔の裏でギクシャクしやすいもの。今回は、相手が繰り返していた言葉をそのまま確認したことで、一方的な店選びを見直してもらえました。
「それ、ちょっとしんどいな」と感じたら、やわらかい一言で合図を出すのも一つの方法。あなたなら、どんな伝え方を選びますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


コメント