昼のパン屋は、焼きたての匂いでいっぱいだった。短い昼休み、並びながら明太フランスにするか、カレーパンにするかと迷っていた。
そのとき、背中に硬いものが何度も当たる。最初は気のせいかと思ったけれど、腕にもコツンときた。列は詰まっていないのに、なんで。
「押さないで」背中に当たる違和感
振り返ると、私のすぐ後ろに母親が立っていて、トレーを胸の前に抱えたまま、私の腕に当てていた。隣には小学生くらいの男の子。母親は私と目が合っても、足元のカゴを覗き込むだけ。
「すみません、当たってます。押さないでください」
そう伝えて一歩だけ前に出た。前のお客さんとの間はまだ十分ある。距離は保てるはずだ。
後ろの母親「早くしてよ」を連発
「ねえ、早くしてよ。選ぶの遅い」
背中にまたトレーが当たる。私はトングを持つ手を止め、言葉を選んだ。
「順番で選びます。後ろから当てられると痛いです」
「並んでるだけでしょ? こっちも時間ないの」
母親は小声で言いながら、トレーを少し前に突き出す。列の横のガラスケースに並ぶ新作を見ているときも、肩に触れる気配が続いた。私はカレーパンをトングでつまみ、トレーに置きつつ、体を斜めにして距離を作る。
子ども「順番守るんだよ」一言
そのとき、母親の隣の男の子が私と母親の間を見上げて言った。
「順番守るんだよ。前の人、痛いよ」
はっきりした声だった。私も母親も、そちらを見た。男の子は不安そうでも、言うことは曲げなかった。様子に気づいた店員さんも近づき、「安全のため、前のお客様との間を空けてお並びください」と母親に声をかけた。
母親が一歩下がり「ごめんなさい」
母親はトレーを引いて、一歩下がった。
「……ごめんなさい」
私に向けてそう言ってから、男の子の肩に手を置いた。「急いでたの。だけど、そうだね。順番だね」と子どもに言う。私は「大丈夫です」とだけ答え、再びパンを選んだ。
店員さんが奥から追加のバゲットを運んできて、「お取りしましょうか」と声をかけてくれた。私は会釈して、決めていた二つと、ついでに塩パンもトレーにのせた。
会計の順番が来るまで、後ろからの圧はもう来ない。レジにトレーを出すと、店員さんが「お待たせしました」と笑顔を向ける。私は支払いを済ませ、袋を受け取った。
出口近くで振り返ると、さっきの親子が少し離れて立っていた。男の子が私に小さく頭を下げる。母親も会釈を返す。私はそれにうなずいて、店を出た。
帰り道、男の子の声を思い返す
外の風に当たりながら、さっきの「順番守るんだよ。前の人、痛いよ」を思い返した。とくに後の一言が耳に残った。誰かの都合を、見えない押しで通そうとすると、こうして誰かが痛い思いをする。たぶん、母親も焦っていたのだろう。だけど、急いでいるからといって、前の人を小突いていいわけじゃない。
袋の中でパンが温かい。男の子の一言がなかったら、私はもっと強く言い返していたかもしれない。あの子が「順番」と言ってくれたから、無駄に荒れずに済んだ。昼休みの残り時間は少し減ったけれど、気持ちは軽くなっていた。
午後のデスクに戻るころ、ふとスマホに手が伸びた。家のグループに「今日のパン、おいしそう」と写真を送ると、夫から「帰ったら半分ちょうだい」と返ってくる。あの場で私のそばに誰かがいたなら、きっと同じように「順番ね」の一言を添えてくれただろう。今日は見ず知らぬ男の子がそれをしてくれた。
さいごに
混雑しているときほど、自分の都合で人に触れたり順番を乱したりしない意識が必要です。目の前で同じことが起きたら、あなたはどんな言葉で落ち着いて止めますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


コメント