「男は疲れてるから休ませて」私だけ家事を頼む義母→「じゃあ私も休みます」と座った結果

       
体験談
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体験談

日曜の午後、義実家の居間にはテレビの音が流れていた。

座卓には湯のみとお菓子。義父と夫はテレビを見ながら話していて、義母と私は台所と居間を行き来していた。

いつもの光景だった。

でも私は前日まで仕事が続いていて、朝から体が重かった。

そのとき、天井の照明が何度かちらついた。

義母が上を見て言った。

「そろそろ替えないと駄目ね」

そして、なぜか私のほうを向いた。

「男の人は休ませてあげて」

「脚立あるから、ちょっと替えてくれる?」

一瞬、自分に言われたのだと分からなかった。

テレビの前には義父と夫がいる。

「私ですか?」

聞き返すと、義母は当たり前のように答えた。

「そうよ。お父さんも息子も平日は仕事で疲れてるでしょう。休みの日くらい座らせてあげないと」

私は黙った。私も働いている。

しかも今週は仕事が立て込んでいて、前日まで連勤だった。

それでも義母の中では、夫と義父は「仕事で疲れている人」で、私はそうではないらしい。

以前にも似たことはあった。

食後、夫と義父が座っている横で、私だけ食器を運ぶ。

何か片づけるものがあれば、「お願いね」と私に声がかかる。

大げさに揉めるほどのことではないと思い、ずっと動いてきた。

でも、その日は少し疲れすぎていた。

「私も今日は疲れてます」

義母は物置のほうを指して続けた。

「脚立、そこにあるから。ついでに上のほこりも見てくれる?」

私は脚立を取りに行かなかった。

代わりに言った。

「今日は私、やめておきます」

義母がこちらを見る。

「え?」

「昨日まで仕事が続いていて、かなり疲れてるんです。脚立に上るのも危ないので」

義母は少し意外そうな顔をした。

「でも、若いんだから大丈夫でしょう?」

その言葉に、今度ははっきり返した。

「若くても疲れてるときは疲れてますよ」

少しだけ空気が止まった。

私は続けた。

「さっき、お義母さんが『疲れてる人は休ませてあげたい』って言ってたでしょう? それなら私も今日は休ませてもらいます」

そう言って、空いていた座布団に腰を下ろした。

夫がようやく気づいた

夫がテレビからこちらを見た。

「昨日まで仕事だったんだっけ?」

「うん」

「そっか。ごめん」

それから天井を見上げた。

「じゃあ俺がやるよ」

私は、「今日じゃなくてもいいんじゃない? 暗くなるほどじゃないし」と言った。

脚立を使うなら、疲れている人が無理に作業する必要もない。

結局、その日は照明を替えなかった。

夫が、「今度来るとき、新しいの買ってくるよ」

と言い、義父も、

「まだ点いてるんだから今日はいいだろ」

と話を終わらせた。

義母だけが少し不満そうだった。

「昔は、こういうの家にいる女の人がやったものだけどね」

私は湯のみを持ちながら答えた。

「今は私も外で働いてますからね」

義母はそれ以上何も言わなかった。

次に行ったときも、また私を呼んだ

だからといって、その一回で義母が変わったわけではない。

次に義実家へ行ったときも、食事が終わると、

「これ、台所へお願い」と私に皿を渡してきた。

私は受け取った。でも、全部は運ばなかった。

「私これ持っていくから、あなたもお願い」

夫に残りの皿を渡した。

夫は「ああ、うん」と普通に立ち上がった。

義母は一瞬こちらを見たが、何も言わなかった。

その次は、義母が、「お茶入れようか」と私に声をかけたので、

「じゃあ私がお茶入れるから、夫にお菓子出してもらいましょう」

と言った。また夫が動いた。

誰かを説得するような大きな話し合いをしたわけではない。

ただ、「嫁だから私が全部やる」という流れに、その都度少しだけ別の選択肢を入れるようになった。

夫にも伝えた

帰宅後、夫には一度きちんと話した。

「お義母さんに言われることも気になるけど、あなたが座ったままなのも結構きつい」

夫は少し黙った。

「実家だと、母さんが勝手にやるか、誰かに頼むから気にしてなかった」

「その“誰か”が最近ずっと私なんだよ」

そう言うと、「それは悪かった」と答えた。

私は、

「全部あなたがやってほしいわけじゃないよ。私だけが当然みたいになるのが嫌なの」

と伝えた。

夫はうなずいた。

それからは義実家でも、食事が終われば夫が食器を下げたり、義父に声をかけてゴミをまとめたりするようになった。

完璧ではない。

言わないと座っていることもある。

でも、以前よりは私一人が立ち続ける時間が減った。

義母の言葉も少しずつ変わった

しばらくすると、義母にも小さな変化が出てきた。

以前なら、

「これやって」
「そっちもお願い」

と私だけに言っていた場面で、

「誰かこれ運んでくれる?」

と言うことが増えた。

ある日は、「今日は仕事だったんでしょう? 座ってなさい」と私に言った。

私は少し驚いた。

あの日のことを覚えているのかどうかは分からない。

「男は休ませないと」という考え方自体が、完全になくなったとも思っていない。

それでも、「働いて疲れるのは男だけではない」ということは、少しずつ伝わったのかもしれない。

あの日、脚立を取りに行かなくてよかった

以前の私は、義実家で何か頼まれると、

「これくらいならやればいいか」

とすぐ動いていた。

そのほうが場も荒れないし、数分で済む。

でも、その小さなことが何度も重なると、

「私がやるのが当然」

という形になっていく。

あの日も、黙って脚立を持ってくれば、それで終わっていたと思う。

代わりに私は、「今日は疲れているからやりません」と言った。

誰かを言い負かしたわけでもない。

義母をその場で改心させたわけでもない。

ただ、自分も疲れている一人なのだと伝えただけだった。

それから少しずつ、義実家で私だけが動くことは減っていった。

今では何か頼まれたとき、

「今日はできる」
「今日は疲れてるからお願い」

と、その日の自分に合わせて答えるようにしている。

家族だから手伝うことはある。

でも、家族だからいつでも私がやる、とは違う。

その区別がつくようになっただけでも、以前よりずっと楽になった。

さいごに

「男だから」「女だから」「嫁だから」と、いつの間にか役割が決められている家庭もあります。

一つひとつは小さな頼みごとでも、いつも同じ人だけが動く状態が続けば、負担に感じることもあります。

相手の考え方を一度で変えようとしなくても、「今日は疲れているからできません」「今回は一緒にやろう」と伝えることで、少しずつ流れが変わることもあるのかもしれません。

もし自分だけが「やって当然」と扱われていたら、あなたならどんなふうに伝えますか?

※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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