「頑張りはちゃんと見てるよ」
その一言を、私は何度も支えにしてきた。
入社3年目の頃から約7年。営業部の部長にそう言われるたび、「もう少し頑張ろう」と思った。残業が続く日も、休日に仕事の連絡が来る日も、いつか積み重ねを見てもらえるのだと信じていた。
「チームワークだから」が口癖の部長
部長は、怒鳴ったり威圧したりするタイプではない。普段は気さくで、私は長いあいだ「悪い人ではない」と思っていた。
ただ、「忙しいときはみんなでカバーするのが当たり前」という考えが強かった。
急な仕事を断ろうとすると、「チームのためだから」「困ったときはお互いさまでしょ」と言われる。正論のように聞こえるぶん、断りづらかった。
休日に顧客から連絡が入れば、「ちょっと対応しておいて」。夕方になって急ぎの資料を頼まれても、「明日の朝までだから、よろしく」と軽く言われる。
そして四半期の会議では、現場が積み上げた数字を部長がまとめて報告する。
「今期はこの方針がうまくいきました」
そう説明する中で、実際に案件を担当した社員の名前が出ることはほとんどなかった。
それでも最後には、「ちゃんと見てるから」と言われる。
私は、その言葉を信じたかったのだと思う。
「辞めない理由」を書いた夜
入社3年目の秋、初めて本気で「もう辞めたい」と思った夜があった。
夕方になって、「明日の朝一番で使うから」と見積書の修正を頼まれた。ほかの仕事も残っていて、作業が終わった頃にはオフィスにほとんど人がいなかった。
疲れて机に座ったまま、私はメモ帳を開いた。
なぜそうしたのかは、今でもよく覚えていない。ただ、そのまま帰ったら翌日には退職について調べ始めそうな気がして、
「辞めない理由」
と書いた。
その下に、いくつか並べた。
仲のいい同期がいる。
担当しているお客さんから、「助かった」と言ってもらえた。
仕事そのものは嫌いではない。
もう少し経験を積みたい。
書き終えると、少しだけ気持ちが落ち着いた。
大げさな決意ではなかった。
「今日は辞めると決めなくていい」
そう自分に言い聞かせるためのメモだったのだと思う。
紙を折り、机の引き出しの奥へ入れた。
その存在を、やがてすっかり忘れた。
それから7年、私は退職を決めた
時間がたっても、部長のやり方は大きく変わらなかった。
後輩が増え、私自身も仕事には慣れた。顧客との関係もでき、任される案件も増えた。
一方で、「困ったときはみんなで」という言葉のもとで、対応できる人に仕事が偏る状況も変わらなかった。
「頑張りは見てるよ」と言われるたび、昔ほど素直には受け取れなくなっていた。
今年の春、転職を決めた。
何か一つ大きな出来事があったわけではない。
ただ、これから先も同じ働き方を続けている自分を想像したとき、「もう十分だ」と思った。
家で退職届を書き、翌日、部長に渡した。
部長は驚いていた。
「評価してたんだけどな。もう少し早く相談してくれれば」
そう言われたとき、不思議と気持ちは揺れなかった。
最終出社日に出てきた一枚の紙
最終出社日。
机の中を片づけていると、いちばん奥から折りたたまれた紙が出てきた。
何だろうと思って広げる。
「辞めない理由」
見覚えのある自分の字だった。
一瞬で、あの夜を思い出した。
仲のいい同期がいる。
お客さんから感謝された。
仕事は嫌いじゃない。
もう少し経験を積みたい。
7年前の自分が、一生懸命理由を探していた。
私はしばらく、その紙を見ていた。
「あのとき辞めなかった」も、「今辞める」も
読み返しても、涙は出なかった。
「あんなに我慢してかわいそうだった」とも思わなかった。
ただ、
「あのときの私は、残る理由があったんだな」
と思った。
同期と働くことが楽しかったのも本当だ。
顧客に頼られることがうれしかったのも本当だった。
だから、あの夜に会社を辞めなかった自分を否定する必要はない。
でも同じように、今の私が辞めると決めたことも否定しなくていい。
7年前には「もう少しここにいたい」と思える理由があった。
今は、「もうここを出よう」と思える理由がある。
ただ、それだけだった。
「見てるよ」の意味が変わった
私は長いあいだ、部長の「頑張りはちゃんと見てるよ」という言葉に救われていると思っていた。
もちろん、その言葉に励まされた日もあった。
でも、古いメモを見て気づいた。
あの夜、私を会社につなぎとめたのは、部長の言葉だけではなかった。
私は自分で、自分がここにいる理由を探していた。
そして今度は、自分でここを離れる理由を認めることができた。
誰かに「頑張っている」と言ってもらわなければ、これまでの時間に意味がなくなるわけではない。
評価されなかった仕事も、報告の中で名前が出なかった案件も、私がやったことまで消えるわけではない。
そう思ったら、少し気持ちが軽くなった。
紙をもう一度折り、捨てずにバッグへ入れた。
今度は「辞めないため」のお守りではない。
あの頃の自分が、そのときなりに考えて選んでいたことを忘れないために、持って帰ることにした。
さいごに
昔の自分が選んだ「残る」という決断と、今の自分が選ぶ「辞める」という決断は、どちらか一方が間違いとは限りません。
環境も、自分自身も変わります。そのときの自分が何を大切にしていたのかを振り返ることで、「ここまで頑張ったから、もう次へ進んでもいい」と思えることもあります。
昔書いたメモや日記を読み返して、当時とは違う答えが見えたことはありますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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