結婚して11年、夫の口癖は決まっていた。「俺がいないとこの家は回らない」。それを聞くたびに、私は苦笑いで流してきた。
だって実際に家を回しているのは私だったから。
「俺がいないと、この家はどうなるんだ」
夫は40代前半で小さな会社を経営している。仕事への責任感は強く、それ自体は悪いことではないと思う。
でも家の中では別の話だ。
ゴミ出しの曜日を知らない。子どもの担任の名前を知らない。自治会の当番が月に一度あることも、たぶん知らない。
料理・洗濯・PTA・連絡帳・習い事の送迎・近所づきあい——ぜんぶ私がやってきた。
なのに夫は自信満々に言う。「俺がいないと、この家はどうなるんだ」と。
最初のころは腹が立った。でも言い返すエネルギーがもったいなくて、いつの間にか「そうだね」と返すようになっていた。
母の入院で、私は2週間いなくなることになった
転機は突然やってきた。実家の母が体調を崩し、検査入院が必要になったのだ。
父はすでに他界していて、兄は遠方に住んでいる。母のそばにいられるのは私しかいなかった。
「2週間、実家に戻らないといけない」と夫に伝えると、彼は少し間を置いてこう言った。
「まあ、俺がなんとかするしかないな。任せとけ」
——ああ、いつものやつだ。
子ども(小4の息子)のことは心配だったけれど、夫に細かいメモを残して、私は実家へ向かった。ゴミ出しの曜日・学校への連絡方法・自治会の当番日・習い事のスケジュール、A4用紙2枚にまとめて冷蔵庫に貼っておいた。
3日目のSOSから始まった「現実」
実家に着いて3日が過ぎたころ、夫からLINEが届いた。
「燃えるゴミって何曜日だっけ」
紙に書いてあるはずなのに。でも私は静かに返信した。「火曜と金曜。冷蔵庫のメモにも書いてあるよ」
翌日また連絡が来た。「学校から何かプリント来てたけど、どうすればいい?」
「連絡帳に返事を書いて持たせればいいよ。書き方もメモに書いてある」
5日目。「自治会の人が来て、今月の当番だって言われたんだけど」
「ごめん、そこだけ書き忘れてた。会長さんに事情を話して代わってもらえないか頼んでみて」
——なんのためのメモだったんだろう、と少し思ったけれど、私は口に出さなかった。
10日目、義母から電話がかかってきた
母の経過は落ち着いてきて、私はホッとしはじめていた。普段かかってこない番号から着信があった。
義母からだった。
「○○から連絡があってね。息子が学校のことも家のこともわからなくて困ってるって。あなたに電話してみたらって言ったんだけど、なんか言いにくいって言うから、私が代わりに……」
思わず笑ってしまいそうになった。自分で電話できなくて、義母に頼んだのか。
義母は続けた。「あなたがいつもどれだけやってるか、息子はわかってなかったみたいで。私も少し言い聞かせたの。ごめんなさいね」
義母は昔から気のいい人だ。悪意はない。でもその言葉が、11年分のモヤモヤをすっと流してくれた気がした。
「お前がいないと何もわからん」と、夫は自分で言った
2週間が終わり、私が自宅に戻ると、夫は玄関で迎えてくれた。
「……お疲れ」
それだけ言って、少し目を逸らした。
夜、子どもが寝てから夫がぽつりと言った。
「お前がいないと、何もわからん。俺、何もしてなかったんだな」
怒鳴ったわけじゃない。証拠を突きつけたわけでもない。ただ私がいなくなっただけで、夫は自分の口でそれを言うしかなかった。
——「俺がいないとこの家は回らない」。
あの口癖は、その後一切聞かなくなった。
代わりに最近は、ゴミ袋を玄関に出しておいてくれるようになった。小さいことだけど、私にはじゅうぶんだった。
さいごに
「俺がいないと」と言い続けていた夫が、実は誰より「いてもらわないと困る」側だったとは。毎日こなしてきた当たり前が、ちゃんと見えていなかっただけで——そんな経験、あなたにもありませんか?今日も家を回しているあなたに、そっと共感を届けたいです。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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