祖母の喜寿祝いで、ひさしぶりに親族が集まった。
駅前の小さな割烹の個室。湯気の向こうで祖母が笑っていて、私はそれを見るだけで来てよかったと思った。
でも、斜め向かいの席から飛んでくる言葉だけは、今日も容赦ない。
姉「あんたの彼は大したことない(笑)」
開宴してすぐ、姉が箸を置いて私に向いた。
「短大って楽だったでしょ?で、あんたの彼? どうせ大した仕事じゃないんでしょ」
笑い混じり、というより、いつもの調子だ。
母が「お祝いの席だから、そういうのは」と割って入ると、姉は肩をすくめた。
「事実でしょ。私の会社、取引先も大きいし。」
私は否定も肯定もせず、冷めかけた茶碗蒸しを口に運んだ。こういう時、言い返しても長引くのは分かっている。祖母の前で言い合いになりたくない。
「今ここ呼びなよ?」の挑発
話題が進むたびに、姉は小さな刺を足してきた。
「会社名、言えないんでしょ?」「どうせ契約社員とか」
母が目で合図してきた。やめさせたい。でも姉は止まらない。
「ねえ、彼ここ連れてきなよ? 顔見れば分かるから。見る目あるもん、私」
私は箸を置いた。
「じゃあ、本人に聞く?」
スマホには、さっき来ていたメッセージが光っている。今日はこのあと、彼と新居候補の内見に行く予定で、店の近くまで迎えに来てくれることになっていた。母は、私の本気度が伝わっていたようで「顔だけでも見せて」と言われて、私は「五分だけ挨拶してくれる?」と彼に頼んでいたのだ。
「あと十分で着くって。おばあちゃんに挨拶して帰るだけにするから」
そう言うと、姉はニヤついた。
「ほら見なさいよ、どうせ普通の会社員でしょ。っていうか、私の会社の名刺を見せてやろうか? レベルの差、分かるから」
私は心の中でため息を一つ。祖母の笑顔だけ、曇らせないようにしよう。それだけ考えていた。
「初めまして。ご挨拶を」
ノックして、扉が少し開く。
店員さんが顔を出し、「失礼します。◯◯さまのお連れさまです」と言った。◯◯は私の名字だ。
祖母が「まあ、わざわざ」と嬉しそうに手を振る。彼は席の端まで行き、腰を落として挨拶した。
「初めまして。短い時間ですが、ご挨拶だけさせてください。いつも◯◯さんを支えてくださって、ありがとうございます」
丁寧に言い、内ポケットから名刺入れを出す。年長の席の方へ数枚を差し出し、「もしお勤め先が同業でしたら、今後ともよろしくお願いします」と続けた。癖でそうなるのだと、私は知っている。
姉の前にも、一枚すっと置かれた。
名刺を見た姉の小さな声
姉の手が止まった。名刺のロゴを確認して、肩がわずかに固くなる。彼の肩書きが、はっきり印字されている。
「事業開発部 部長」
姉は名刺を持ち替え、私の顔と名刺を交互に見た。いつもの勢いが出てこない。
「……この会社、うちの主要取引先」
テーブルの端に置いてあった彼女の手帳が少し開いている。月曜の会議の欄に、社名の頭文字と「新規案件 事業開発部」とメモが見えた。姉は自分の言葉を飲み込み、声が小さくなる。
「すみません、わたしてっきり…」
彼はにこりと笑い、落ち着いて答えた。
「人の仕事や学歴は、名刺だけで分かるものでも、比べるものでもないと思います。今日はお祝いの日ですし、私はこれで失礼します」
祖母が名残惜しそうに「元気でね」と手を握ると、彼は「また改めてご挨拶に伺います」と言って、私の方を見た。
「外で待ってるね」
私は「また連絡するね」と返し、彼を見送った。扉が閉まると、テーブルに静けさが戻った。母が小声で「ほらね」と私の手を軽く叩いた。
姉は水を一口飲み、名刺を丁寧に名刺入れに戻した。
「さっきのは、言い過ぎた。ごめん」
私は首を横に振った。
「謝ってくれてありがとう。でも、彼の肩書が違ったとしても、学歴や雇用形態で人を下げる言い方はやめてほしい。今日はお祝いしよう」
その後、姉から届いたメッセージ
その夜、帰りの電車で姉からメッセージが来た。
『今日はごめん。仕事のことで気が大きくなってた。あの名刺、驚いた。会議、私も同席するかも。変なこと言わないから安心して』
私は『気にしてないよ。おばあちゃん、喜んでたね』と返した。
それからの親族の集まりで、姉は学歴や職業で人を測るようなことを言わなくなった。祖母の前で、私の話を茶化すこともない。会議の後日談を聞く機会はなかったけれど、母づてに「ちゃんと丁寧に対応してたよ」と聞いた。
婚約者とは、あの日のあと、予定どおり新居の内見に行った。古いけれど日当たりのいい部屋で、祖母が好きな観葉植物を置けそうだね、と二人で話した。
私の短大卒という事実も、姉の四大卒という事実も、変わらない。ただ、誰かを下げて自分を保つやり方に、あの日の姉は自分でブレーキをかけた。名刺一枚で変わったのは、肩書きの優劣じゃなく、言葉の向け方だったのかもしれない。
さいごに
肩書や学歴を使って人の価値を比べる言葉は、親族の集まりでも許容する必要はありません。身近な人が誰かを見下したとき、あなたはどの場でどう伝えますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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