義妹の夫と顔を合わせるのは、盆と正月の年二回だけだ。
それなのに、その二回が来るたびに憂鬱になる自分がいた。
彼が必ず、私に向かって一言余計なことを言うから。
「転職もできないタイプかな(笑)」
義弟の武田さん(仮名・40代)は市の職員で、地元では「安定した職に就いた人」として親族内での評判もまあまあいい。
問題は、自分の仕事を誇りに思うあまり、私のことを「守りに入って生きている人間」と決めつけてくることだった。
私はずっと同じ会社に勤めている。業種は地味で、役職も特別派手ではない。それを見て義弟は毎回、何かにつけてこう言った。
「お義兄さんって、転職とか考えたことないんですか。……まあ、できないタイプかな(笑)」
笑いながら言うのがまた巧妙だった。怒ったら「冗談ですよ」で逃げられる。私は毎回、曖昧に笑い返すしかなかった。
「うちの職場はスゴいんですよ、実は」
その日の正月は、父の旧友・中村さん(仮名・60代)も同席していた。父が現役時代に行政関係の仕事で長く関わった人で、久々に挨拶がてら来てくれたのだ。
宴もたけなわになったころ、義弟が話し始めた。
「いやぁ、うちの職場もついに若手の自分が中枢に関わるようになってきて。まあ、出世というか、実力が認められてきた感じですかね」
私の妻も「すごいね」と相槌を打つ。父も「ほう」と頷く。
義弟はそこで私をちらりと見て、こう付け加えた。
「やっぱり努力してる人間は上に行けるんですよ。向上心のある人間とない人間って、こういうところで差が出てきますよね」
——ああ、また始まった。
中村さんが、静かに口を開いた
その瞬間だった。
中村さんが湯呑みを置いて、穏やかな声で言った。
「武田さん、もしかして○○課の方ですか?」
義弟がやや得意げに「そうです! よくご存じで」と答えると、中村さんは少し間を置いてから、こう続けた。
「そうですか。実はあの部署、去年の秋に外部監査が入りましてね。私も少し関わっていたんですが……ちょうど人員整理の話が出た部署で、今は逆に縮小方向じゃないですかね」
テーブルの空気が、ふっと変わった。
「中枢に関わるようになった」というのは——要するに、人が抜けて仕事が回ってきただけ、ということだったのか。「実力が認められた」のではなく、「人手不足の玉突き」だったとしたら。
中村さんはそれ以上は何も言わなかった。ただ事実を話しただけ、というように静かにお茶を飲んでいた。
最も饒舌だった人が、一言も言えなくなった
義弟の顔から、すっと表情が消えた。
「……い、いやまあ、そういう側面もありますが、自分の場合は……」
言いかけて、止まった。
父が「まあ、どこも大変だわなあ」と笑ってフォローしてくれたが、義弟はその後ほとんど口を開かなかった。自慢話も、私へのマウントも、何もなかった。
私は何も言わなかった。言う必要もなかった。
ただ、静かにお雑煮をすすった。
正月の集まりが、少しだけ楽になった
次に顔を合わせたのはその年の夏、盆の集まりだった。
義弟は相変わらず来ていたが、以前のように私に絡んでくることはなかった。「転職できないタイプ」とも「向上心がない」とも、一度も言わなかった。
何かを言いかけて、やめる。そんな場面が何度かあった。
別に、勝ち誇るつもりはない。ただ、あの正月から、年に二回の集まりが少しだけ楽になった。それだけで十分だった。
さいごに
誰かの「出世自慢」の裏に、本人も気づいていない事情が隠れていることって、意外とあるものですよね。
見下された側がわざわざ言い返さなくても、事実はちゃんとそこにある
——そんな場面に、なんだかほっとした気持ちになりました。正月のたびに笑い流してきた「あの一言」、あなたにも思い当たる節はありませんか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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