父が介護施設に入居して、もう一年以上が経つ。週に一度の面会は、私にとって大切な時間だ。
でも正直なところ、その時間をじわじわと削いでいく存在がいた。
「また来てる…」毎回モヤッとした理由
父の相部屋には、もう一人の入居者がいる。
その方の娘さん——おそらく50代くらいの女性——が、面会のたびに私の神経をざわつかせた。
たとえば、カーテン越しでも丸聞こえな大声でのやり取り。スマートフォンのスピーカー通話をそのまま部屋でかけること。ゴソゴソとコンビニの袋を広げる音、漂うにおい。
施設のルールで飲食は談話室でと決まっているのに、と思いながらも、なかなか言い出せずにいた。
何より気になったのは、その娘さんの話し方だった。
「ちゃんと食べてる? ねえ、聞いてる?」
まるで子どもを叱るような口調。
隣のベッドにいる私の父にまで聞こえているんじゃないかと、毎回ひそかに肩をこわばらせていた。
「なんであの人は…」と思い続けた私
面会を終えて駐車場に向かうとき、決まって同じことを考えた。
——なんであの人は、もう少し周りを気にしないんだろう。
相部屋なんだから、ほかの入居者や家族への配慮があってもいいんじゃないか。施設のスタッフさんも困っているんじゃないか。
いろんな思いが頭をぐるぐると巡りながら、でも結局は何も言えないまま、車のドアを閉めて帰る。それが毎週のルーティンになっていた。
自分でも、ちょっと消耗しているな、とは感じていた。
ある日、カーテンの向こうから聞こえた声
それはいつもと変わらない面会日だった。
父の様子を確認して、少し話しかけて、手を握って。父はもうほとんど言葉を返さない。それでも、来ることに意味があると信じて通い続けている。
帰り支度をしていたとき、隣のカーテンの向こうから声が聞こえた。
「……聞こえてるよ、お父さん。絶対聞こえてるって」
低く、かすれた声。あの娘さんだとわかった。
続けて、しゃくりあげるような音。泣いていた。
「ごめんね、もっと早く来ればよかった。ごめん」
私は荷物を持ったまま、その場で動けなくなってしまった。
あの大声も、あのコンビニ袋も
カーテン越しに聞こえていたのは、ほんの数十秒のことだったと思う。
でも、その声がずっと耳に残った。
帰りの車の中で、ぼんやりと考えた。
——あの大声は、父親に聞こえてほしかったからかもしれない。コンビニの袋は、「これ好きだったよね」って持ってきたものだったのかもしれない。
私がずっとマナーとして見ていたものの裏側に、切実な何かがあったのかもしれない、と。
正解かどうかはわからない。でも、あのとき初めて、彼女のことを「困った人」ではなく「同じように誰かを心配している人」として想像できた気がした。
施設の廊下はいつもと同じ、静かな白だった。
さいごに
マナーが気になるのは当然だし、モヤモヤを感じる気持ちはあって当たり前だと思う。でも、カーテン一枚の向こうにも、誰かを想って泣いている人がいる。大切な人に会いに行く場所で、そんな経験をしたことがある方、きっと少なくないのではないでしょうか。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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