ネイルサロンのアルバイトを始めて、まだ日が浅かったころの話。
「お客様は神様」という言葉を、あのころの私は少し真に受けすぎていたかもしれない。
「新人でしょ?だったら私の言うこと、きいてくれるわよね」
その方は60代のベテラン常連客で、かれこれ何年も通っているらしかった。
初めて担当したとき、開口一番こう言われた。
「あなた、まだ新人でしょ。だったら私の言うこと、ちゃんときいてくれるわよね?」
——え、どういう意味?
最初は深読みしすぎかな、と流した。でも違った。
施術中に「いつもはこのコース料金でジェルのグラデーションもやってもらってるの」と言い始め、それはメニュー表にないオプションで、本来追加料金が発生するもの。
「えっと、それはちょっと……」と言いかけると、「長年の常連なんだから、特別扱いして当然でしょ♡」と畳みかけてくる。
笑顔を崩さない圧力、というやつだ。
断れない自分に、じわじわ消耗していった
断れなかった。
「今回だけ……」と心の中で言い訳しながら、結局サービスしてしまう。
次の来店でも、また同じ流れ。
「あなた、わかってくれるじゃない」と満足そうに帰っていく後ろ姿を見ながら、胸の中にもやもやした澱が積もっていくような感覚があった。
——これって、正しいのかな。
他のお客さんへの申し訳なさも、なんとなく芽生えてきていた。同じ金額を払って普通にメニューを使っている人たちと、どこが違うんだろう、と。
でも「常連さんだから」「機嫌を損ねたら怖い」という気持ちが、毎回ブレーキをかけてくる。
「特別扱いしないことが、全員への誠実さだよ」
ある日、先輩スタッフに、うまく断れなくて困っている、と話してみた。
先輩はしばらく考えてから、静かに言った。
「特別扱いしないことが、全員への誠実さだよ」
——あ。
長い説教でも、マニュアルの引用でもなかった。たったひと言なのに、すとんと腹に落ちた。
常連だからといって違うルールを適用することは、その方への優しさではなく、他の全員への小さな不公平だ。そしてそれを続けることは、私自身が「ルールは曲げてもいい」と思い込ませていることにもなる。
次の来店で、私は初めてちゃんと伝えた。
「いつもありがとうございます。こちらのサービスは追加料金が必要になります」
少し不満そうな顔をされた。でも、その後もその方は来てくれている。
さいごに
「断れない自分が悪い」と責めていたあのころ、本当はただ、誰かに「それでいいよ」と言ってほしかっただけかもしれない。
理不尽な要求に一人で悩んでいるとき、誰かに話してみると、思わぬひと言がすっと楽にしてくれることがあるかもしれませんね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。



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