同じ保育園の同じクラスで顔を合わせるSさん。お迎えのたびに「今日は何作ったの?」と笑顔で聞かれ、なんだか落ち着かない。雑談のはずが、「嫁なら〜」の説教に変わるからだ。
「毎朝みそ汁ね?」から始まった
最初は帰り道の世間話だった。「うちは夫に毎朝みそ汁つけるの。体が資本だから」。
「すごいですね」と返すと、「あなたもやったら? 女は段取りよくこなしてこそよ」と肩を叩かれた。
それからは矢継ぎ早だ。「義実家には週一で顔を出してる?」「夕飯、魚と肉が交互だとバランス取れるよ」。
極めつけはメッセージアプリでの“提出”要求。「今日の夕飯、写真で送って。見てあげる」。断ると、「気にしないで。若い人は知らないから、私が教えるよ」。
私の家のことを他人に査定される筋合いはない。角を立てたくない気持ちもあり、「写真はやめておきます」とだけ返した。
「嫁教育する」って家に来るつもり?
ある日、Sさんが軽い調子で言った。「今度お宅に行こうか。キッチン見れば足りないところ分かるから。嫁教育してあげる♡」。
私は笑っていられなかった。「家に人を上げることはしていません。うちは自分たちのやり方で家事をしています」。
Sさんは口をとがらせ、「じゃあ外で指導でもいいよ?」「毎朝これくらい作れないとね」と、作り置きの写真を見せつけてきた。私は聞き流した。相手の“正解”は、うちには関係ない。
その直後、園からお便りでピクニックのお知らせ。クラス全員で近くの公園に集まる。Sさんは「楽しみ! 張り切っちゃう」と張り切っていた。
「毎朝これくらい作れないと」
ピクニック当日。芝生の上にレジャーシートが並び、子どもたちは走り回る。私は前の晩に作ったおにぎりと、朝に焼いた卵焼きをつめた普通の弁当。
Sさんは、光る漆風の重箱をドンと広げた。三段。色とりどりのおかずがぎっしり。
「うちは毎朝これくらい。でも今日は特別に頑張っちゃった」と笑う。周りのママたちが「わぁ」と声を上げる。その流れで、私の弁当を横目に「手を抜くのは簡単だけど、家族は見るからね」と小声でささやいた。
私は「それぞれのペースがありますよ」とだけ返した。Sさんは「指導入れてほしいなら言って」と、また肩に触れてきた。
隣の娘さん「それ、昨日買ったよ」
そのとき、Sさんの隣で、おにぎりを頬張っていた娘さんが顔を上げた。
「これ、昨日ママとスーパーで買ったやつだよね。からあげ、ここのが好きって言ってた」
周囲が手を止めた。Sさんは慌ててフタを寄せて、「違うよ、これはママが朝…」と言いかける。
娘さんは続けた。「だって、お店のラベルぺりってはがしてた。ポテトサラダのやつ」
私は心の中で「買ったっていい」と思いながら、Sさんと視線が合うのを待った。Sさんは笑顔を作ろうとしていたが、箸が進んでいない。
「買った物でも、いいですよ。私もしょっちゅう助けられてます」
私はそう前置きしてから、一拍置いた。「ただ、それを理由に他人を教育するのは、違うと思います」
Sさんの周りにいた数人が、弁当箱を置いた。誰も責めない。ただ、誰も同調もしない。
「今日は忙しくて…」と言いよどむSさん
Sさんは「今日は忙しくて…特別で…」と、言葉を探し続けた。私はもうそれ以上は言わなかった。買う日があって当然。問題は、買ったことではない。
「うちはうち、よそはよそ。ね?」と隣のママが小声で子どもに言って、ペットボトルのふたを開けた。
Sさんは重箱のフタを重ね直し、「食べよっか」と娘さんにだけ声をかけた。以降、誰の弁当にも口を出さなかった。
ピクニックが終わるころ、Sさんからメッセージが一件。「今日はおつかれさま」。それだけ。夕飯写真の催促も、「指導する」といった長文も来なかった。
その後のクラスで起きたこと
翌週から、送迎のときにSさんの“家事講義”は消えた。私の前を通るときは、「おはよう」とだけ。周囲も、Sさんが家庭のことを聞いてきたときは、別の話題に変えるようになった。
私は夫に一連の出来事を話し、「家のことを聞かれても、答えたくない内容は断る」と決めた。それからは、送迎でSさんに会っても、園の用件だけ話して帰るようにしている。
買い物かごに総菜が入る日もある。鍋一つで済ませる日もある。誰に見せるでもない、うちの台所。
Sさんからの“指導”は、それきり来ていない。
さいごに
家事や食事の方法は各家庭の事情で決めるもので、外から優劣をつけるものではありません。家庭のことを繰り返し評価されたら、あなたはどの話題に「答えません」と伝えますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。


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