共働きの私たちは、毎月決めた額を私名義の家計用口座に入れていた。銀行の手続きで夫用の代理人カードも発行し、使うときは互いに「いくら引き出す」とLINEで一言。それが二人で決めた約束だった。
ある晩、家計アプリの通知が。見覚えのない「30万」。胸にざわつく違和感だけがあり、私は履歴をもう一度見直した。
「え、誰が引き出したの?家計から」
その夜、夫が帰ってくる前に私は通帳アプリの画面を開いたまま待った。
「今日、家計から30万出てる。引き出した?」
「うん。ちょっとな」
「連絡、してないよね」
ルールは何度も確認してきた。家賃と光熱費の引き落とし日も近い。私はカレンダーを指でなぞりながら、理由を待った。
「友だちの店が資金ショートでさ。皆で少しずつ助けてるんだよ。すぐ戻るって」
「それ、家計から貸したの?」
夫は視線を逸らし、「一時的に。すぐ返すから」とだけ言った。私が返事を探す間に、追い打ちが来た。
夫「家族だろ、もう少し貸せ」
翌朝、夫はコーヒーを飲みながら言った。
「家賃の分は残してあるし。さ、もう少しだけ。お前の独身時代の貯金からも貸せよ。家族だろ?」
「待って。家計は生活のため。第三者への貸し付けは無しで決めたよね」
「細かいなあ。俺の給料も入ってるんだし、回るだろ」
「回らないよ。今月は出費が重なるの、前に話した」
夫は、「大丈夫だって。すぐ返るから」と言った。けれど「いつ、誰が、どうやって」は出てこない。私はここで腹を決めた。
私「カードは止めます。給与も移す」
その日の昼休み、銀行に行き、家計口座のキャッシュカードを停止・再発行の手続きを取った。暗証番号も変更。アプリの取引明細はPDFで保存し、アプリの通帳画面のスクリーンショットもファイルにまとめた。
夫には一度だけ伝えた。
「夫用の代理人カードは止めるね。今後、家計から現金を動かすときは書面で記録を残す。私の給与の振込先も今日付けで別口座に変える」
「大げさだな。家族なのに」
「家族だからこそ、ルールを守ってほしかった」
夜、夫から「返すから。もう少しだけ」というメッセージが届いた。その画面も保存して、私は法律相談の窓口経由で弁護士に相談予約を取った。
この無断の貸し付けは初めてではなかった。以前も夫は、友人への少額の援助を事後報告で済ませていた。話し合って決めたルールまで破られたため、私は離婚を前提に別居を提案した。賃貸契約は私名義だったので、夫がウィークリーマンションへ移った。以後の連絡は弁護士を通すよう伝えた。
夫「家計は俺の金も入ってる」
離婚調停の初回。調停室で、私は家計のルールと取引履歴、そして不足分を自分の貯金から補填した経緯を説明した。
夫は腕を組み、「家計は俺の金も入ってる。勝手に使ったわけじゃない」と主張した。
調停委員は手元の資料を見比べ、要点を整理した。
「生活費の共同口座を、配偶者に無断で第三者への貸付に使うのは適切ではありません。返済の見込みも不明です。家計の合意に反していると見ます」
弁護士が要点を出す。
「引き出した30万円は家計口座へ戻し、それによって妻が補填した5万円は妻へ返す。合計35万円の返済を求めます」
夫は「友だちが」と繰り返したが、調停委員は言葉を切った。
「ここで扱うのは、ご夫婦間の金銭と信頼の問題です。第三者の都合は別です」
夫「分割で返します…」
二回目の調停で条件がまとまった。夫は家計口座への30万円と私への5万円を分割で返済し、期日は毎月末、遅延時の対応も文書化した。住まいは私が契約を継続し、夫は自分の荷物を期日までに引き取る。大型家電は購入時の領収書を基準に分け、小物は各自が持ち出すことになった。
調停調書に署名する段になって、夫はボールペンを持ち替えながら「分割で返します…」と小さく言った。
私は返事をしなかった。紙の上に、ここ数カ月の重さがようやく形になるのを見た。
その日の帰り道、弁護士から「これで法的に決着です。返済が滞れば強制執行も視野に」と説明を受け、私は小さくうなずいた。
鍵を返してもらった日の静けさ
鍵を受け取った帰り、コンビニで新しい家計ノートと封筒を買った。通帳を開くと、そこには私の給与だけが予定どおりに入っていた。あの「予定外の出金」はない。
夕方、カーテンを洗い、冷蔵庫の中身を全部出して整えた。誰に遠慮するでもなく、必要な物だけを買う。スマホに保存した家計のルールは、自分一人で守れる。
「家族」を理由に、私の口座も時間も気持ちも、勝手に使われることはもうない。
さいごに
共有のお金は、家族だからこそ利用目的と事前連絡を明確にしておく必要があります。あなたの家では、いくら以上の支出を、どの方法で相談する決まりにしていますか?
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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